冬虫夏草

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 あの草原だろうか?  可能性は高いが、距離的に、すれ違ってしまうと日が暮れてしまう。  それにお腹が空いていた。  残念ながら、社会的な事情から、商店街を離れてしまうと食料の補給は不可能になる。  つくづく不便な村だ。  お金を持っていれば別だが、先輩にご飯を食べさせてもらうという大作戦のために、財布は忘れられていた。  この用意周到さが憎い。  どこかの銀河の提督も言っていた。  補給路の確保できない戦に勝ち目はない。  ОK。  あなたは正しい。  僕は愚かだ。  所在なげに窓際に寄りかかり外を眺める。  新鮮な空気も腹を満たしてはくれないが、星空を見上げるのと同じで、大自然は自分の卑小さを隠してくれる。  木を隠すなら林の中と同じ意味ではない。  木を隠すなら森の中の方がいいし、多分ジャングルなら、探しに行った人間を木の養分にできるからさらに効果的である。  とことん思考が壊れているな。  昔の客観的な僕はどこにいったのだろう?  最近特に、先輩に似てきた気がする。  思考のリンクが脈絡を欠いていて、これを端からみると、無軌道な言動ととられるのだろう。  好意を寄せてはいるが、恋人ではない異性と話すとき、あらかじめ仕込んでいた話を持ちかけるのに、多少強引な舵取りをするのと同じ原理であろう。  「あ、なんだあれ?」  正気に戻って目を凝らすと、木漏れ日射す林の中に、奇妙な物体がぶら下がっていた。  靴も履かず、方位磁石も持たず、僕は窓から外に出た。  この物体がなんだあるか?  「アンサー……とりあえず、1週間放置した炊飯器ではない」  もちろん、初めて自分の手で服を脱がせた女の子でもない。  妹ということは絶対なかった。  冗談はともかく、先輩だろう。  本来なら、死んだように眠っていてくれると絵になるのだが、これでは滑稽過ぎる。  思わず肩の力が抜けた。  口元に浮かんだ笑みに、本当に自分が彼女を愛していて、欲していることを再確認した。  「先輩……」  小さく呼びかけるが、返事はない。  どうしようかと思ったが、直接陽がさしていないことを確認して、帽子を取り払う。  「すぅ……ん……」  気持ちよさそうな寝顔がのぞく。  心配していたような涙の跡もなかった。  ヘラッ、と思わず口元がゆるむ。  見ているだけで、心が小春日和くらいまで涼しくなる。
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