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ちなみに、本当に寝入っている人は、キスくらいでは目を覚まさない。
知らずファーストキスを奪われる可能性もあるので注意しよう。
実体験が物語っている。
例えだが、屋上で昼寝をしていた日の下校途中、顔も知らない少女にその告白をされた時の気持ちが分かるだろうか?
例え話だ……そうしておく方が幸せだ。
「先輩……寝てるならキスしますよ?」
「すぅ……すぅ……」
「……」
軽く髪をなで、小鳥のように唇をついばむ。
とても綺麗なキスだった。
なんら変わらない眠り姫の様子に、僕の胸は切なく痺れた。
キリキリと、ゼンマイ鳥の鳴き声がする。
「……」
袖のボタンを留め直し、長い時間をかけてまばたきした。
世界の全てが再構築されていく。
単純に二極化された世界。
チェックメイト寸前のチェス盤面。
見たままを感じ取るだけでいい。
相手の動きも、こちらの動きも見切れている。
「……さて」
先輩の帽子を手に、僕は皮肉げに口元を歪めた。
寝ぼすけなお姫さまは、未だ夢の中。
帽子を頭にのせて、もう一度腰を曲げる。
先ほどよりは深く、長く、愛おしくキスをする。
まぶたと、おでこにもキスをして、僕はその場を後にした。
どこかでヒグラシが鳴いていた。
先輩の椅子に座ったまま、窓に目をやる。
まだ日は高いが、夕暮れを知らせるその声に、一日の終わりを感じた。
「むぅ~……」
目をこすりながら、先輩が部屋に入ってくる。
「おはようございます」
「あれ? ……はよはよ~」
現状を把握できていないのか、きょろきょろと辺りを見渡している。
「あはは、なんだか覚えてないけど、久しぶりに良い夢を見たよ」
「良かったですね」
「うん」
う~ん、と背伸びをして、先輩がニコリと笑う。
僕も軽く微笑み返して、手元の本に視線を戻す。
「なに読んでるの?」
「これです」
教科書の間にたてかけられていた、一冊の絵本を示した。
「あっ、やだっ! 恥ずかしいなぁ……」
「なにがです?」
「だって、この年になって絵本だよ?」
そうは言いつつ、彼女は嬉しそうにその絵本を受け取る。
それは有名な絵本だった。
『明日への贈り物』と題された、天使の女の子と人間の男の子との交流を描いた、とてもやさしい物語。
「懐かしいですよ」
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