冬虫夏草

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 今日の昼の落ち込みはどこにいったのだろう。  「それより、浴衣着てるんだぁ♪」  「まぁ……」  (まさかここまで出現するとは……)  意外を通り越して呆れる。  仕方ないので手製の草履を履いて、自分から廊下に出た。  どこかの部屋に吊るされた風鈴が、チリン――といい音を奏でる。  「で、なんです?」  と言うか、先輩の持っている鍋がびっくり箱かその形をした立体映像発生装置でない限り、なにかの料理であろう。  もしかしたらビックリ料理かも知れない。  先輩は笑みを崩さず、ほくほくと鍋を突き出す。  「料理いっぱい作ったから、お裾分け!」  「……」  「……〔ニコニコ〕」  「……」  「……〔ニコニコ〕」  「……」  「……〔ニコニコ?〕」  「……」  「……〔ニコニコニコ←とりあえず増やしたらしい〕」  「……」  「……〔にこにこ〕」  「は?」  「特製肉じゃがだよ?」  「いや、先輩……ちょっと待った」  うちわを、講談師のようにこめかみに当てる。  「先輩の家からここまでどのくらいかかります?」  「う~んと、お月様を見ながらゆっくり来たから、1時間ちょっとかな」  それはもはや、お裾分けとうより配達と呼ぶ領域である。  そもそも、ずっと道夫先生と2人暮らしの先輩が、間違えて料理を作りすぎるはずがない。  「それでもお裾分け?」  「分量失敗しちゃって」  てへ、と可愛く舌をだす。  こういうとき、先輩との縁を切った方がいいのではと、邪念が一瞬頭を過る。  「でも、ほんとーに、この特製肉じゃがは凄いんだよ! なんとっ! にんじんが、かかしの形に切ってあるんだから!」  ビシッと先輩が鍋を突き出す。  味関係ないし……。  「いや~、ありがとうございます」  パタパタと、うちわで先輩を扇いであげる。  「まぁ、明日にでもありがたく頂きます」  ぴた、と受け渡そうとした手が止まった。  「? なんです?」  見ると、先輩は不思議な笑顔で小首を傾げている。  「明日?」  「え、ええ」  わけも分からず頷く。  今度は先輩が、何かを考え込むように俯く。  「なんです一体?」  「今日食べないの?」  「いや、昼食ぬいたって言ったら、妹にしこたま食べさせられて……」  先輩の微妙な迫力に、必死の言い訳が口にでた。  
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