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あっさり唐突に、横から声が飛び出してきて、バランスを崩す。
恐ろしく低い高さと、鋭い角度で円弧を描いて、自転車を振り回すようにして、地面の抵抗だけで止める。
砂埃が月下にまった。
「はぁはぁはぁ……」
「おお! あの……大丈夫?」
「か、感激してるのか、心配してるのかどっちです?」
「正直にはどっちも」
鳥居の袂に腰掛けて、先輩が微笑む。
僕は胸を押さえて、深く溜息をついた。
きこきこ、と少し前輪が曲がったような気がする自転車をひきずる。
「……鍋、どうしたんです?」
神社に置いてきた。お裾分けはお供え物になりましたとさ」
南無南無と先輩は手を合わせる。
僕は再び溜息をついて、彼女の横顔を盗み見た。
「――当言うかですね先輩、ふざけてでも、こんな夜道を一人で歩かないで下さい」
「まぁ、懐中電灯をわすれたのはアレだね。村の西に夜来る事なんてほとんどなかったから」
駅前と違って、村の西には街灯なんて洒落た物はないのだ。
「……僕、冗談で言ってませんよ」
少し怒気をはらんだ声をだす。
「あれ、心配してくれるの?」
「当たり前でしょう! 彼女の心配しないでそうするんですか?」
「……」
僕の睨んだ目に、彼女の不思議な視線が絡まる。
「え?」
「え、ってなんです」
「ううん。なんでもない♪」
クルンとその場で1回転して、先輩は両手を背中で組む。
リボンとスカートが、遅れてひらめく。
――きこきこ
――きこきこ
なんだか見とれてしまって、言葉がでない。
きれいだねとか、可愛いとか、そんな単語だけが頭を堂々巡りしている。
本当のところは――美しい。
いまいち本当のことしか喋れないから、言葉につまってしまう。
「……夜の神社って怖くないですか?」
まぁ、妥当な話題を思いつく。
「あはははは、全然怖くないよ。でも不思議だね。神社とかお寺って、幽霊が一番でにくい場所だろうに」
「ああ、そう言えばそうですね」
確かに不思議だった。
最も神懸かった地に、どうしてそんな曰くがつくのか。
だが、それこそ、生け贄になる巫女ではないか。
神社の役割の一つに、玉鎮めの意味があった。
飢饉や、恨みをもって死んだ人間など――生きている人に災いを及ぼす魂を鎮める意味が。
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