冬虫夏草

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 つまるところ、元から幽霊のでる場所に神社を建てているのだ。  それだけのことだ……。  「でも、あの神社はね、少し悲しい」  「え?」  こりらの思考を察してではないだろうが、先輩が静かに呟く。  「人気がなくてせっかく一人になれるのに、誰か……お母さんみたいな人に見られてるような気がするの」  「……」  先輩の『お母さん』という言葉の重みに、僕はただ、頭だけ下げて答えた。  せっかく一人になれるのに。   せっかく一人で泣けるのに。    せっかく一人で生きてるのに。    彼女は本当に強い子だと思った。  『私は、あの子のこんな笑顔を見たことがない』  道夫先生の言葉。  多分、彼女はいつも表情を殺しているのだろう。  いや、笑いかけられる人が居ないのか……。  思えば、彼女はずっと僕と一緒にいた。  友達だと紹介された人間もいない。  こんな、誰もが顔見知りの村で、彼女はいつも一人で散歩をしていた。  あぜ道に乱立するかかしを眺めて、その表情の一つ一つを見て回る。  きれいな景色を探すといって、誰もいない場所を見つけては、そこで時間を過ごし、誰もいないあの部屋へと帰っていく。  僕が友達と遊んでいる時間、彼女は絵を描き続け、空想を広げていた。  中身のないラムネ瓶に、手紙を詰めて海に流す姿すた幻視する。  「やってそう……」  「なに?」  「いや」  愛しく髪をなでると、彼女は頬を赤らめて、幸せそうに微笑んでくれた。  僕も微笑み返す。  けれど、彼女の視線がはずれると、微笑みも線香花火のように消えた。  その、儚くて、守らなくてはいけない瞬間も、僕には見せてくれないのだ。  僕の側で笑っているには、僕に辛い姿を見られてはいけない。  先輩が辛い目にあっているのに、彼女が無邪気に笑っていられる場所である僕は、それを知ることを避けていた。  どしようもないジレンマ。  ――それも、もう、終わりにしよう。  本当に好きならば、彼女の全てを知らなくてはいけない。  彼女の笑みが皆に向けられるように。  その笑顔を見て、皆が彼女を好きになるように。  地球に大きさと比べれば、針の穴ほどもないこんな小さな村でくらい、彼女が心から笑えるようにしてあげても良いのではないか。    キッ、と甲高いブレーキの音を立てて自転車を止める。  「……」     
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