第2話 あなたの絵を描きたい

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 「人物画を描くことは、人体の構造を理解することにはじまる。筋肉、臓器、骨……血管」  つーっ、と首の脈に沿って先生は線をひいていく。  「!? あっ、ああ!」  ようやく自分の状況を察し、少年はガタガタと震えだした。  その様子は、蛙の解剖を思い起こさせる。  僕を含め、誰一人として動けない。  場の支配権は先生のみ。  少年グループの一人がのどを大きく鳴らすのと、どこからか聞こえてくる、野球中継のアナウンスが耳についた。  「関節の動きと、体重や身長の合わせた重心を知れば、バランスを崩すことなど造作もない――」  淡々と言い放ったかと思うと、そこで、先生は僕を見る。  「――」  ほとんど色のない瞳に、射すくめられた。  (……少し講義をしよう、か?)  それは皮肉ではなく、本当に僕への講義なのかもしれない。  だとしたら何故?  僕の無言の疑問には答えず、先生は続けた。  「よく覚えておくと良い。医者の次くらいに、我々は生粋の殺し屋なのだよ」  トン――と少年の背中を押して、先生はペンを懐に仕舞い込んだ。  「あっ! ……はぁはぁ、はは」  少年は地面に四つん這いになり、ぼたぼたと汗で地面を濡らす。  残りの3人も、数歩後ずさると微かな呻きを残して走り去った。  「続きがやりたければ受けよう。私への侮辱も認めよう――」  そこで言葉を切り、先生はサングラスをかけなおした。  「だが、オレの作品に手を出したら殺すぞ」  「……作品?」  僕の呟きに、先生は微かに口元を歪ませて顔を背けた。  ぎりぎり、と地面をはいつくばったまま、少年は道夫先生を見上げている。  なぜか、緊張感が収まらない。  歯車が噛み合わない。  今が夏だと言うこと以外、不確か。  ――ポツリ  雨が一滴頬に当たった。  と、僕は見た。  路地奥の美術講の教室の窓が開いている。  カーテンがユラリと揺れて、夏の大気にさざめいた。  その揺らめきの、なんと涼やかなことか――。    「いらっしゃ~い♪」  教室で先生と話をして時間を潰してから、先輩の部屋を訪れると、笑顔が出迎えてくれた。  結局、用事がると言いつつ、何も語ってくれなかった先生に不安を覚えたが、それも、一片の欠片もなく散り飛んだ。  「……こんにちは」  「? どうしたの?」  首を傾げて、先輩が僕を見上げる。
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