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「いや」
僕は視線をそらして部屋に上がった。
「その服で、あまり屈まない方が良いと思う。
「え?」
服の襟元を自分で見て、ぱっ、と先輩が胸元を押さえる。
「やだっ! 変なとこ見ちゃだめだぞ!」
「変なとこじゃないですよ」
苦笑いしつつ、新たに持ってきた教科書を広げる。
「あぅ……いきなり勉強の準備するのやめようよ。せっかくだから少しお話しよ」
「話? 何か用事ですか?」
「日常の平々凡々の話をしようって言ってるんだよ」
僕の正面に頬杖をつきながら、先輩が首をかしげる。
「いつも会ってるじゃないですか?」
「いつもって、絵をかいてるときだけだもん」
「……まぁ、学年が違いますから、ほとんど学園じゃ会いませんし」
「だーかーらー。わたし達、実はお互いのことを意外に知らないんだよ」
指をたてて、先輩が真面目な顔で言う。
時計を見て、僕は肩をすくめた。
先輩が『だよ』とか『もん』とか甘えてくる時は、勝ち目がない気がする。
「……まぁ、少しだけですよ」
「やった♪ じゃあ、飲み物の用意するから待っててね。逃げちゃだめだぞ」
そう言って、先輩は新婚のお嫁さんみたいに、スリッパをパタパタさせて出ていった。
「……今度、エプロンでも作るか」
溜息とともに立ちあがって、部屋を見渡す。
相変わらず雑木林が良い日よけになっていて、部屋そのものが涼やかだ。
窓に寄り添って外を見ると、木々の隙間をぬってさしこむ光の筋が、オーロラを思わせる。
遠くの枝に、ハンモックが吊るしてあった。
「……らしいな」
思わず失笑してしまう。
部屋に視線を戻し、本棚や机の上を見ると、やはり女の子の部屋だ。
ぬいぐるみや小物にかかっている金額を考えると、なんとなく、妹に少し不憫なことを強要してるのかと頭を掠めてしまう。
妹の服やぬいぐるみは、ほとんど僕の手作りなのだ。
(違う……)
もっとも気になるものから、意図的に目を逸らしている。
壁にかかっている絵。
部屋の隅に積まれた絵。
やはり絵なのだ。
『オレの作品に手をだしたら殺すぞ』
人形の山から、耳の長い兎をとりだす。
先ほどの先生の言葉が引っかかっている。
作品。
「……やはりあれは、先輩をモデルに絵を描くとうことか?」
どういう絵になるのだろう。
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