第2話 あなたの絵を描きたい

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 「いや」  僕は視線をそらして部屋に上がった。  「その服で、あまり屈まない方が良いと思う。  「え?」  服の襟元を自分で見て、ぱっ、と先輩が胸元を押さえる。  「やだっ! 変なとこ見ちゃだめだぞ!」  「変なとこじゃないですよ」  苦笑いしつつ、新たに持ってきた教科書を広げる。  「あぅ……いきなり勉強の準備するのやめようよ。せっかくだから少しお話しよ」  「話? 何か用事ですか?」  「日常の平々凡々の話をしようって言ってるんだよ」  僕の正面に頬杖をつきながら、先輩が首をかしげる。  「いつも会ってるじゃないですか?」  「いつもって、絵をかいてるときだけだもん」  「……まぁ、学年が違いますから、ほとんど学園じゃ会いませんし」  「だーかーらー。わたし達、実はお互いのことを意外に知らないんだよ」  指をたてて、先輩が真面目な顔で言う。  時計を見て、僕は肩をすくめた。  先輩が『だよ』とか『もん』とか甘えてくる時は、勝ち目がない気がする。  「……まぁ、少しだけですよ」  「やった♪ じゃあ、飲み物の用意するから待っててね。逃げちゃだめだぞ」  そう言って、先輩は新婚のお嫁さんみたいに、スリッパをパタパタさせて出ていった。  「……今度、エプロンでも作るか」  溜息とともに立ちあがって、部屋を見渡す。  相変わらず雑木林が良い日よけになっていて、部屋そのものが涼やかだ。  窓に寄り添って外を見ると、木々の隙間をぬってさしこむ光の筋が、オーロラを思わせる。  遠くの枝に、ハンモックが吊るしてあった。  「……らしいな」  思わず失笑してしまう。  部屋に視線を戻し、本棚や机の上を見ると、やはり女の子の部屋だ。  ぬいぐるみや小物にかかっている金額を考えると、なんとなく、妹に少し不憫なことを強要してるのかと頭を掠めてしまう。  妹の服やぬいぐるみは、ほとんど僕の手作りなのだ。  (違う……)  もっとも気になるものから、意図的に目を逸らしている。  壁にかかっている絵。  部屋の隅に積まれた絵。  やはり絵なのだ。  『オレの作品に手をだしたら殺すぞ』  人形の山から、耳の長い兎をとりだす。  先ほどの先生の言葉が引っかかっている。  作品。  「……やはりあれは、先輩をモデルに絵を描くとうことか?」  どういう絵になるのだろう。  
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