第2話 あなたの絵を描きたい

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 思わず肩を抱きたくなるほどの寒気が走った。  この夏に体が震える。  以前目にした、道夫先生の絵が見えた。  真紅の月。  黒ずんだ赤い海。  握り締めた兎の目。  白い白い。  白い兎。  白い女性。  女性の顔が、先輩にものになっていた。  これはなんだろう?  恐怖か、歓喜か。  「わたしをモデルに絵を描く?」  「え?」  カラカラ――と、涼やかな音に目が覚めた。  「ぶつくさとどうしたの?」  氷入りの麦茶を盆に乗せて、先輩が部屋に戻ってきていた。  「どうして生きて……」  「? ホントにどうしたの。幽霊をみたかのような顔して」  長い髪をかきあげて先輩が微笑む。  陽光の中の笑顔が儚い。  「い、や」  見ると、いつのまにか、兎のぬいぐるみの首を握り締めていた。  思考は一瞬だったらしい。  「……先輩?」  「悪い夢でも見てたの? ……大丈夫、わたしは大丈夫だから」  とてもやさしい声が僕の頬をなでた。  「絵を、描かせてください」  「……えっ?」  「勉強を教える代わりに」  目を丸くする先輩を、僕は真正面から見つめた。  自分の言っていることが良く分からなかったが、先輩と自分を繋ぐ糸とし、それが正しいことだという自信はあった。  彼女は麦茶を机に置き、  胸に手をあてて、  天井を見上げて、  時計を見て、  少しだけ目を閉じてから、  やっぱり微笑んだ。  「わたしなかで良ければ、喜んで」    
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