第一章

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「それは僕じゃなく彼女に言ってやってくれないか」  彼の指さす先にはあの本の子がいた。今は綺麗な白い割烹着を着こなして、お盆片手に飲み物を運び、もう片方の手で暖簾を上げている。 「珍しく料理するのはいいけど、お皿の位置とか変えないでくださ――――ああ!」  文句を引き連れた彼女は私を見つけると突如として声をトーンを変えた。  落ちそう。落ちそう。  私の心配を余所に、彼女は続ける。 「おお、立ってる立ってる!」  今にも拍手しそうな雰囲気を感じ取ったのか、彼は素早く彼女の手からお盆を取り上げていた。  そのまま計二つのお盆をちゃぶ台に置いて、 「ご覧の通りさ」  こういうことは彼女に任せている、とお手上げのポーズを決め込んだ。  確かに、男の料理と女の料理という言葉では補えないほどに見た目の優劣がある。  どうしよう、と私がフォローに回ろうかと考えていると、 「ではそれも含めてご飯にしましょう」  軽く両手を合わせて彼女はいった。「たまにはゲテモノを」とか、「物珍しいから」なんて口にしてはいるが、本当はどうだろう。  さて、と口を開いたのはまたもや彼女。どうやら私が増えたことにより食器の数を増やすようだ。さり気なく座布団を増やしていた彼にも感謝しないと。  テキパキと行動する二人のおかげで食事の用意が整い、私を含めて三人がちゃぶ台を囲んで座る。  いただきます。  ――米は少し固めだった。 「ああ、これシチューだったのね。カレーかと思ってたわ」  含み笑いが弾け飛ぶ勢いで本の子は表情を歪める。料理上手な彼女からの辛口ストレートが彼に降りかかる。  しかし彼は涼しい顔で黙々と箸を進めていた。 「こういう場合はおかゆ一択です」  おまけの攻撃にも顔色一つ変えずに、ようやく口を開いたかと思えば、 「僕は病気にならないからそういうのはわからない」  健康自慢を主張しているようにも聞こえるが、表情をみる限り本人は特に何も思ってはいない。目で物をみるように。口で呼吸をするように。ただ当たり前のことのようにそう考えているのだろう。  暫し時が過ぎ、食卓を飾る料理が少なくなってきた頃。肉料理を目指して伸ばした箸を私は止めた。そういえば、と口には出さないで胸の中で考える。  違和感はあった。  確かに美味しいこの料理。しかし、そう何というか――、 「朝からお肉はどうなのでしょう?」
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