第一章

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 食後のことだ。後片付けは彼女に任せて、私は彼と会話する機会を得た。不思議なもので御飯を共にしてみてみば緊張はなくなっており、今ならずっと訊きたかったことも言える。 「私をここに連れてきた理由を、教えてくれませんか?」  一度座り直して体勢を正座に変えた。  対して、それをみている彼は胡座をかいていたままの状態を維持し、爪楊枝片手に私の質問に答える。 「特に理由はないけど、強いて言えば僕の趣味は物拾いなんだ」  まるで昔話を子供に聞かせる親のような、余裕たっぷりの大人な対応を彼は披露する。  先程まで遠くで感じていた食器を洗う際の生活音は、既に耳には入らない。そのくせ体を動かす際にきしむ床の音は、何故だか大きく届いていた。 「もしもあの時、君が他の妖怪に食べられている最中なら僕は自然の摂理を邪魔しないようにその場を去っていた」  淡々と、彼は、言葉を繋ぐ。  私は黙って、されど視線だけは外さずに、それを聞いた。 「偶然だよ」  と、一言。  それだけ。  そして、結論だった。  ここは非常に非情で非常識な世界――意識を失う前に耳にした言葉が脳裏を過ぎる。  情けは人の為ならず。  全ては自分の為。  同情も愛情も、優しさも暖かさも、全ては自分の為に存在する結果の延長線上にあっただけに過ぎない。  それで彼を酷いと思うことはない。  そういう世界だから。  そう、言われたから。 「偶然助かってよかったね」  うん、そうだね。  よかった。  助かって、よかった――――よかったのだ。  会話の中で生まれたこの間は彼が語ることを一時放棄したことを意味する。  故に口を開くとすれば、私だ。  小さく深呼吸をして、肺の中の空気を入れ替える。  流れを変える為に。  全てを受け入れて乗り越える為に。 「――はい」  彼に放った言葉ではなく、自分に対してだ。  わかりました。  肯定しました。 「感想は?」  見計らって、彼がそう言った。 「わりと落ち着いています」  嘘ではない。  乗りこなす程度の不自由な能力とはそういうものである。  知った上で、乗り越える。  私は、そういう妖怪だから。
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