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とてつもなく寒かった。
雨や雪が降っているわけではない。それどころか私の前には闇しかないのだ。何も見えない闇が前だけではなく何処をみても私に張りついている。
寒さの原因はこれに違いない。
雨の水色や雪の白色をも全て飲み込む黒色――いや、と私は自分の考えを改める。
元々の世界はこの色なのだ。今まで私がみてきた森の緑も流れた赤い血も、世界に色を被せていただけに過ぎない。本当は何もない世界を色眼鏡でみていたに過ぎない。ならば無色こそが闇の色と呼べるだろう。闇は見えなくなることが恐ろしいのではなく、見え過ぎてしまうことが恐ろしいのだ。
――少なくとも、妖怪の私にとっては。
不意に腕を動かしてみようと思った。足は極力動かしたくないので、だらりと垂れた腕に力を込めて前に出したつもりだった。
何も変わらない。
私の体も無色になっていることは既に理解していたにも関わらず、そんな無駄なことをしてしまった。
だって、と子供みたいに言い訳できる口があるならば、私はこう言うだろう――幻視してしまったから。縁取りをしたように半透明になった自分の体を無色の世界に描いてしまった。
もうすぐこの目も思考も闇に包まれるのだろうか?
恐怖はない。それが妖怪としての最後の意地であるように、私はそう思っていた。
次第に目蓋が閉じられる。そんな感覚だけが伝わる。
目蓋も無色になってたら意味がないじゃない。
目蓋が完全に閉じきった感覚はあっても、私の目の前は何も変わらない。先程と何も変わらない闇があるだけ。
やがて、意識は遠退いていった。
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