第一章

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 気付けば、私は森の中にいた。  驚かないわけがない。自分のいる場所にではなく、世界に色が付いて、『森』と認識できていることに。  空気を吸い込める鼻があることに驚く。声を上げて口があることに驚く。その声を聞く耳があることに驚く。無意識に耳に伸ばす手があることに驚く。  連鎖はどこまででも続き、一頻り驚き終えると私は別の感情を抱き始めた。  視線を落とし、自分の下半身をみる。足首までの長さを持つスカートの所為で脚首だけを残して後は判らなかったが、そんなことはどうでもいい。  ――だるい。  その一言に尽きた。  右をみて左をみて、もう一度右をみることさえだるくなり、下をみる。  いつも愛用していた乗り物は何処? 「っん……」  私はむくりと立ち上がる。立てないわけではないのだ。  おぼつかない足取りで木に寄りかかりながら、私は歩き始めた。 「はぁ……、はぁ……」  口で荒い息を吐きながら、鼻も含めて酸素を取り込もうと必死になっていた。色素が抜けたような白髪を伝って目に流れ込んできた汗に今度は涙が出てきた。  五分くらいが過ぎたに違いない。これほどまでに長い時間を歩いたことは何百年ぶりだろう。  乗り物に頼っていた私の足はこんなにも衰えていたのかと考えるも、そういう妖怪だから仕方ないと自分を正す。  早く乗り物を見つけなくては――――――あっ!  うっかり手を滑らしてしまった。木のトゲが手のひらに刺さったのかチクチクとした感覚に心が痛む。目頭が熱い。涙も出てきてしまったようである。  私は木にもたれ掛かって手の甲をみた。本当は気付いている――痛みの正体。だから私は手のひらをみようとはしない。それを自分の目で確認してしまったら心が折れてしまう恐れがあるから。  ……恐れ?  ああ、なんだ。私、妖怪のクセに恐がっているんだ。状況の変化。謎が残る生還。何より孤独であることに怯えている。  太陽の光も届かない森の中で、何を掴むわけでもなく天に向けて左手を広げる。  誰かが手を取ってくれるとでも思っているのか――バカみたい。
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