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「どうやらただ迷子になっただけみたいだね」
私じゃない、誰?
キョロキョロと辺りを見渡すも誰もいない。幻聴ならお断りだ。諦めかけた私にもう一度その声は語りかける。
「森を歩くなら気配くらい消さないと」
最後に、「死ぬよ?」と付け加えて、私がもたれ掛かっていた木の陰からそれは現れる。
男の人だ……私は上から順に目を移していった。
髪の色は私と似ていて広い意味で白色と表現することができ、後ろ髪は首あたりまで伸びていた。眼鏡を掛けており知的な感じが窺える。服装は私が最後にみた人間の姿から考えると少々古臭く、所々に縫い目が目立ちつぎはぎだらけであった。
「足でも怪我したのかい?」
私は何も言わずにこくりと頷いていて、後から嘘を吐いてしまったことに気がつく。訂正しようにも上手く言葉が出ずに、あっという間に背負っていた荷物を降ろした男は空いた背中に私を乗せる。抵抗することもなく私はその身を男の背中に任せていた。
「何だか持ちやすいな」
「……そういう妖怪なんです」
やっと出た言葉は自分を危険に晒すような言葉であったが、男は「そうか」と妖怪であることを理解しながらも頷いた。
大きくて温かい。今まで乗ってきた乗り物の中で一番かもしれない乗り心地を味わいながら私は暫し長い眠りに着く。
もしも夢なら覚めることなかれ。
そう思ったことは覚えている。
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