第一章

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 空腹を刺激するいい匂いに夢の世界から引きずり起こされた。  いつの間にか目の上の布は取り除かれて普段通りに目を開けることが可能になっている。私は横になった状態のまま首だけを動かしてみた。どのくらい眠っていたのかは知らないが、同じ体制でいたことが今の首の痛さを引き起こしている原因で間違いない。  堪らず手を首の後ろに回して押さえる。暇しているもう片方の手はそのまま伸びの形を取ることにして、足の先から腰を伝って腕まで、ふぅ、と息を漏らすように吐くことでより大きく体を伸ばす。 「おはよう」  低い声は女性のそれではない。  私は声のする方角――つまりこの部屋の出入口の方へと顔を向ける。そこには白の割烹着を茶色に汚しながらも満足気な笑みを浮かべる男がお盆を持って立っていた。  本好きの子に私を任せた時以来の再開となる。 「ご飯にしよう」  お盆の上から沸き立つ湯気が彼の眼鏡を曇らせていた。クスクスと笑ってから私は頷く。  足を怪我した私に気を遣ってここまで食事を運んできたとのことだった。今更あれは嘘だとは言えないが、せめて普通に食事ができることくらいは説明しておくべきだろう。 「大丈夫ですから」 「食事は要らなかったかな?」 「そうではなく、実は私、まったく立てないというわけではなのです」  多少無理をいって食事の席に同席する権利をもらい、私は立ち上がる。立つ際に彼は私の足を気にしていたが、大丈夫である旨を伝えると不安げな顔をしながらも納得してくれた。  場所を移動する。私は彼の後をアヒルの引っ越しのようにピッタリとついて歩いた。今まで包まれていた所為もあり風を切る肩が少し肌寒い。要らぬ心配をさせないように顔には出さない努力はする。  そのくらいは、する。  部屋を変えてまず私の目に飛び込んできたのは机だった。小さく丸い机は世間一般的にちゃぶ台と呼ばれるもので、その上には料理が置かれている。  中央を陣取る肉料理にはカラメル色のタレがかけられており、その隣に鎮座する白いご飯との相性を考えると食欲が止まらない。栄養バランスを考えてなのか野菜をふんだんに使ったスープも用意しているあたり抜かりはない。 「料理、お上手なんですね」  お世辞ではなく本心からそう思った。
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