三峰行

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 坂氷バス停先を右斜めに曲がる。 そのずっと先に踏み切りがある。 其処を渡とその先の信号を右に折れる。 何時か翼と行った秩父神社横を通り、バスは秩父駅に向かった。 駅前はロータリーになっていて、真ん中にバス停があった。 《降りる》ボタンを翔が押しす。 バスは静かに秩父駅前の停留所に到着した。 ドアが開き、翔は陽子の後に付いた。 逃げられなくするためらしかった。  秩父駅でバスを降りた翔は、その足で自動券売機に向かった。 そんな時でも陽子と離れない。 陽子は既に諦めていた。 翔と、翔の中で眠る筈の翼の魂と向かい合う。 そのために……。 必死に恐怖に打ち勝とうとしていた。  秩父駅の周りでは何時か翼と乗ったSLが到着するのを待ち構えて、カメラを用意している人もいた。 その到着の大分前に出る電車。 二人はそれに乗った。  「あれもそうか?」 西武秩父駅を眺めていた翔が言った。 駅を過ぎた辺りに此方を見ていた人がいた。 陽子は頷いた。  「まあ翼さん。この前の探し物見つかった?」 節子は言ってしまってからハッとして、口に手を当てた。 「この前ここに来たの?」 陽子の問い掛けに頷く翔。陽子が逃げないようにするために、ずっと手を離さなかった。 「相変わらず仲がいいね」 節子の言葉に慌てて翔が手を離す。 「何もそんなに慌てなくても……。今日は車じゃないんかい?」 「車はお義兄さんが乗って行ったの。同僚の結婚式だって」 「夫婦仲良くかい?」 節子の質問に陽子が頷く。 「天下一品よね。あの夫婦仲の良さは」 陽子が言うと、節子が笑った。 「何言ってるの。アンタの所も相当なもんだよ」 節子は笑いながら二人の肩を叩いた。  「お母さん、ちょっとトイレ借りていい」 陽子はそう言って、翔の手をそっと外した。 (まさか此処までは来ないだろう) そうは思った。 でも本当は心配だった。 陽子は玄関を出る時持っていたメモ帳に遺書を書き出した。 《自分はもしかしたら殺されるかも知れない》 《きっと翼も何処かで殺されている》 (真実を母に……) それでも陽子はペンを走らせた。
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