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ただひとつだけ。
水に濡れてしまったハーモニカの音が出なくなってしまっていたことには、泣きそうになった。
中に入れていたメモも水性だったらしく文字が滲んで見えなくなってる。
……大切な物だったから。
哀しくて堪らなかった。
明里は縮こまるようにして、膝の間に顔を埋め身体を丸める。
独りは……
イヤだ。
"あの事件"以降、囁き続けられた根も葉もない噂。
穢れたモノを視る眼。
群がる獣。
今思い出しても吐き気がする。
恐怖に身体が震える。
誰も助けてくれない。
埃くさいあの場所で、顔を押さえ付けられて無理矢理行為を強いられる屈辱。
どうして自分はこんな目に合わなければならない?
ただ、あの人の側にいたかっただけなのに。
「………………っ…………」
押し殺した声で泣いた明里の耳に、遠くからぽすんぽすんと尻尾の音が聞こえた。
それはここに来てから、ずっと聞いていた音。
そうだ。
今は、独りではない。
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