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 1  放課後になり次々と生徒たちが下校する中、俺は『魚崎秋彦(うおざきあきひこ)』と自分の名前が入った図書カードを手に握りながら海鈴学園の図書室にいた。火星で一番高い山を調べるためだ。  くそ、素直に教えてくれればいいのに。気になるじゃないか。何が「答えは図書室で☆」だ。よくコマーシャルで使われる「答えはウェブで!」みたいな感じで言いやがって。    そのままスルーすることもできたが、どうしても気になってしまったがためにここまで足を運んでしまった。  放課後の図書室は静寂と不思議な倦怠感に満ちていた。    日が西に傾き、図書室を照らす夕日のせいか、ノスタルジックな空気があたり一面を支配していた。  棚から本を取り出しながら、俺は昼休みの後に聞いたクラスメイトの話を思い出してみた。  ニーソ女の本名は鬼(き)龍院(りゅういん)万里(ばんり)というようだ。ちなみに一年生らしい。  ……とんでもなくいかつい名前だな。ただでさえ苗字に『鬼』と『龍』が出てくるのにさらに『万里』という可愛らしさが微塵も感じられない名前がどこかのヤクザみたいな雰囲気出してるし。顔やスタイルは良かったけど、聞いた話じゃ自分の知識を他人に自慢する変人らしい。  入学して約三週間、クラスの男子の間では同級生で誰がかわいいかの話題が何度かあったが鬼龍院の名前が出てこなかったのは、その美貌よりも変人っぷりの噂のほうが先に流れたからだろう。 「ああいうやつのことを残念美人って言うんだろうな」  俺はそう呟きながら図書室の席に座り、引き抜いた本を長方形のでかい机に置く。本のタイトルは『火星のすべて』だ。これなら鬼龍院が出した問題の答えも載っているだろう。もしも載っていなければこの本はすぐさま『火星の一部』と名前を変えなくてはならないことだろう。  図書カードも机に置き、周りを見渡してみるとちらほらと生徒が残っているのが見える。自習をしているようだ。本やノートをめくる音。カリカリと何かを書く音。校舎側からわずかに響く、心地よい吹奏楽部の演奏。開いた窓から届く春風や図書室を照らす夕日。それらすべてが合わさり、なんとも言えない芸術的な美しい空間が形成されている。
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