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次の日も僕はまた大学に足を運んだ。
こんなところに通っていて、本当に意味があるのだろうか。
講義を受け、それが終われば移動し、また次の講義を受ける。
夢や目標があるというわけでもないのに何を得たいのか。
最近、益々疑問に思う。
普通の会社に就職して、普通に誰かと結婚して、子どもができて。
仲睦まじい家庭で、そのうち子どもにも結婚なんて話が出て。
何年何十年と、人が当たり前のように送るありふれた人生を僕が送ることはきっとできない。
そうあるべきでは……ないのだと思う。
それでも厚かましく、そうなりたいと思う自分がいる。
人並みの幸せを手に入れたいと思ってしまう。
「隣、いい?」
「ああ、どうぞ」
僕は素っ気ない返事をする。
声からして、女の子だろう。
「瀧井くんって、いつもこの席に座ってるよね」
彼女は席に着くと、返事を返してきた。
無愛想な返事を僕がすれば、そこで終わってしまい会話にならないが今回は違った。
「別に意識しているわけじゃないんだけどね」
彼女の方へ顔を向けるが、名前が出てこない。
初見ではないことは確かだ。
何度か見覚えがある。
「なんとなく、この席が好きなんだよ」
最後列から二つ前の一番左端。
そこにばかり座るからなのか。
それがいつの間にか、僕の指定席のようになっていた。
「ごめん、えっと……」
「ああ、私?私の名前は岩瀬優奈。同じ学部なんだから、いい加減名前くらい覚えてよ。確かにウチの学部は人が多いけどさ」
ため息まじりに彼女は言う。
僕は昔から、人の名前を覚えることが苦手だった。
入れ替わっていく人間の名前を覚えては忘れていくという繰り返しに慣れたくなかったから、なのだろうか。
それは自分でもよくわからない。
「優奈ね」
「よろしくね、瀧井くん」
それから優奈は度々僕の横に座るようになっていった。
とにかく質問責めな会話を何度か重ね、少しずつだが僕らは打ち解けていった。
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