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「はい、お待たせ。できたよ」
だけど、目の前に出された手料理はあの頃とは全く違っていて。
お世辞にも贅沢だなんて言えなかったあの頃。
いや、お世辞にも“普通”だなんて言えなかったあの頃。
「ん、どうしたの?もしかして……嫌いだった?」
「いや、なんでもないよ。とても美味しそうで驚いてただけ。いただきます」
優奈が作ってくれたオムレツは、本当に美味しかった。
でも……いや、なんでもない。
「作った方からすると、もっと美味しそうに食べてほしいんだけどなー?」
そう言って、優奈は僕の頬を引っ張る。
「痛いよ、本当に美味しいね。嘘は言ってないから」
僕は感情を表に出すことが苦手。
昔はこんなにも無愛想な人間ではなかった。
自分でも、意識しているわけではないんだ。
ただなんとなく、距離を詰めることが苦手なだけで。
もしもまた、人を不幸にさせてしまったら。
そうなってしまえば求めている答えから更に遠ざかってしまうような気がして。
優奈が作ってくれた料理を食べ終わり、テレビを見ながら雑談していた。
よくあるクイズ番組で、僕がすらすらと答えると優奈はとても悔しそう。
僕のことを成績トップだとか言っている彼女だがそう大差は無い。
僕にはこれしかなかったから。
そうすることでしか、喜ばせることはできなかったから。
「今日はそろそろ帰るよ」
「えっ、もう?まだゆっくりしていけばいいのに」
「気持ちはありがたいけれど、女の子の部屋に夜遅くまでいるっていうのもね。本当に美味しかった、ありがとう」
靴を履き、扉を開けると外はあいにくの雨。
「雨……か。傘、持ってきてないんだった。悪いけど貸し」
凄まじい雨の音によって、僕の声なんて簡単にかき消される。
その時、薄暗い玄関先で優奈は何か言っているように見えた。
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