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しばらく優奈と電話で話していても、心はまだ騒ついていた。
夢の中で見た、色褪せぬ出来事。
それは人生のクライシス。
否定できぬ……紛れもない事実。
『あはは、慶一、もしかして私がいなくて寂しいのー?』
電話の向こうで楽しそうに笑う優奈をよそに、僕は暗い部屋で無表情のままだった。
彼女の声、言葉は全く入ってこない。
……違う。
僕が話したかったことは、こんないつものような無駄話なんかじゃない。
だけど、話すわけにはいかない。
個人的にそういうことはあまり好きじゃない。
話せば楽になるなんて、そんなことがあるはずないだろう。
それは、ただの気休めでしかないのだから。
これは胸の内にそっとしまっておくべきことなのだから。
話したところで……何も解決などしない。
「そうかもしれないね」
突然、優奈は黙り込んだ。
僕は沈黙に焦り、咄嗟に冗談だと言ってごまかす。
今日の僕は変だ。
いつもとは違う僕に優奈も少し戸惑い気味で、所々なんとも言えない空気が流れることもあった。
やっぱり電話ではなく、メールで返事をすればよかったな。
『今日の慶一、何か変だね……あはは』
「なんで笑う?」
『いや、ごめんごめん。なんか、そういう慶一って新鮮だなぁって思って。いつも変わらない、無愛想な慶一しか見たことないから』
そんな自分を見せたくはなかった。
「僕は、愛嬌がない人間だからね」
何があっても表情には出さず、何があってもいつも通りに。
『……会いたい』
誰にも迷惑をかけず。
「なんだって?」
ひとりの方が気が楽だから。
『慶一に会いたい』
もう、あんな思いをするのは嫌だったから。
そして、また雨が降り出した。
あの記憶を……再現するかのように。
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