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忌まわしき過去の惨劇。
あの日、あの瞬間から全てが始まったのだと確信している。
幼少期に起きた……両親の死。
それが僕の人生を大きく変えた。
その日も、大阪にある古びた小さなアパートの一室には地獄のような時間が訪れた。
「このボケ。こんなくだらん物、いつまでも持ちくさりよって!」
怒鳴り声、罵声が浴びせられる。
手に持っていた母から貰った手作りの人形をやつは奪い、床へと叩きつけた。
それだけでは飽きたらず、土足で踏みつけた。
認めたくはない。
しかし、これが僕の父。
「もう止めてぇや!この子には、なんにも関係ないやろ?」
踏みにじられ、ボロボロになった人形を守るように庇ったのが僕の母だ。
「うるさいわ。お前は黙っとかんかい」
鈍い音が鳴り、母は床に倒れる。
父は平然と僕や母に暴力を振るう最低な男だった。
たまに帰ってきたかと思えば、こんな風に好き放題暴れる。
酒に溺れ、働きもしないくせにギャンブルにばかり手を出し、借金まみれの生活。
取り立てが来れば父は逃げ、僕と母は取り残される。
でも、取り立てが来ることで逆に安心できた。
その時が唯一、父から解放される時間だった。
「コラ、居るんはわかっとんねんぞ!さっさと金返さんかい」
感覚が狂っていたんだと思う。
僕も母も、この声を聞くことで心が休まる。
やっと終わる……そう思えるからだ。
父はバツの悪そうな顔を浮かべ、ベランダからそそくさと逃げ、母は借金取りに頭を何度も下げる。
そんな非現実的な光景は、もう見慣れてしまっていた。
「慶一、ごめんなぁ?こんな辛い思いさせて。母さん、ホンマ情けないわ」
優しく僕の頭を撫でる母。
下手な作り笑顔がとても悲しかった。
「あっ、もうこんな時間か……帰ってくるまで、ちゃんとお利口さんにしててな?」
慌てて支度を始め、玄関で笑いながら僕に向かって手を振った。
とても寂しい気持ちになっていても、寂しいとは言えない。
母を困らせることはできない。
「バイバイ」
まだ若いのに朝から晩まで母は働き、疲れ果てて帰ってきても僕の前では笑顔を絶やさない。
僕が眠りについたなら、母はまた夜の仕事に出る。
その姿を……いつも、真っ暗な部屋から見ていた。
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