第十ニ章 さようならで終わる 俺の物語

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「どうして君はそんなに落ち着いていられるのかな? ここがどこなのか、君が今どういう状況なのか……わかってるかい?」 「そりゃもちろん気になるよ……でも慌てても仕方ないだろ? ……慌てようが慌てまいが、今ダイブネットの中に閉じ込められている人の運命は変わらないんだからさ。僕が勝つか、お前が負けるかのどちらかだ」 「その負けの可能性を考慮していないのか?」  負けると言われて、一瞬呆けてしまう。確かに、その可能性を全く考慮していなかった。 「してないよ?」  考慮する必要がなかったから。 「……な?」  黒幕の表情が驚愕へと変わる。黒幕の背中へと僕は移動した。同時に黒幕は驚愕の表情を浮かべたまま僕の目の前から消えさる。恐らくこれが仕掛けていた罠なのだろう。  黒幕が消えると共に罠が発動し、黒幕が立っていた場所が閉じ込められるように地面からカプセルが飛び出し、無数のレーザーが照射される。でもカプセルが出現した頃には、僕はまた元の位置に戻っていた。  この間、1秒の出来事。 「随分と弱気なんだね。ただのホログラフィックの映像で、本人じゃなかったんだね」  消えてしまった黒幕に向かって、僕は誰もいない空間に語り掛ける。 『何をした……?』  黒幕が言いたいことは何となくわかった。というより、ツッコむべき部分がそこしかないはずだからだ。ここから黒幕がいた位置まで50メートルもない。それくらいの位置なら父さんや、ゼクセルおじさんにも同じことができる。  でも、何の音もなく、気配もなく、風も発生させず、魔力の痕跡も残さず移動することは出来ない。物理学的にも、魔法学的にも、不可能な移動を今僕がやってのけたことに、黒幕は質問しているのだろう。  しかし答えは簡単だ。 「僕が移動することで発生する力を全部抑え込んだだけだよ」 『何を言っているのか……わからないぞ?』  頭は冴えわたっていた。それ以上に、身体に力が溢れていた。  でもそれが突然湧いて出たような感覚はなかった。元々あった力が帰ってきたような、どこか心地の良い感覚。
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