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十数時間後、朝日とともに赤ん坊の泣き声が室内に響き渡った。新しい命が誕生したのだ。
生まれたての赤ん坊はすぐに運び出され、大役を果たした綾華は疲れきった顔で横たわっている。
「松永さん、おめでとうございます。可愛いらしい男の子ですよ」
綾華を励まし続けていた看護士が、嬉しそうに綾華に声をかけた。
「聞こえた」
「え?」
「弘樹の声……聞こえた。一緒にいてくれたの。がんばれって……」
綾華がそう呟いた直後、極度の疲労と安堵感が綾華を眠りに落とした。
静かに、しかし幸せそうに眠る綾華にそっと微笑みかけ、弘樹は部屋を出て行く。
「ありがとう」……そう言い残して。
* * *
弘樹と綾華の子供は、まもなく保育器に入れられた。産まれるまでに時間がかかり、少し弱っていたためだ。
だが、しっかりと力強い鼓動を感じる。
静かに寝ていた赤ん坊が、突然泣き出した。まるで、保育器の外に現れた父親を感じたかのように。
弘樹は泣き続ける我が子に微笑み、語りかけた。
「強く生きて、俺の代わりに母さんを守ってくれな。優輝(ゆうき)」
愛おしそうに優輝を見つめていた弘樹。その背後から、気遣わしげな声が響く。
「……弘樹」
そこにいたのは、悲しそうな目をしたキズナ。
「もう大丈夫だ。綾華も優輝も、きっと強く生きてくれる。これで、俺も安心して還れるよ」
弘樹はキズナに笑顔を向け、静かに呟いた。
「あなたなら、きっとまた新しく歩き出せる。こんなにも、人を愛することが出来たのだから」
「ありがとう、キズナ」
弘樹が微笑みながら、キズナと握手を交わした。
「頼むよ」
そう言って、鎖に繋がれた右手を差し出す。キズナは静かに鎌を構え、鎖に狙いを定めて鎌を振る。
鎖は鎌を跳ね返すことなく、パキンと音を立てて分断された。これで、弘樹の未練切りは完了したのだ。
「さて、ここからはツキの出番だね!ツキが天界の門まで送ってあげる。迷わないようについて来てね」
ツキが羽根をパタパタさせて前に進み出た。
弘樹はツキに笑いかけながら頷く。同時に、弘樹の体は消え、小さな光の塊に変わって空へ昇っていった。ツキに導かれながら。
1つの魂が旅立ったその部屋からは、生まれたばかりの赤ん坊の泣き声だけが、いつまでも響いていた。
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