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キズナは急いで癒芽の腕を掴み、引きとめる。
「待って。死んだ人間は、ここに留まってはいけないのよ」
しかし、癒芽も譲らなかった。
「大事なことなの。それができないと……癒芽、天国にいけない」
「私に話して。あなたのこと、やらなければいけないことを」
キズナの言葉に、癒芽は少しの間俯いて悩んでいたが、ようやく顔を上げて話し始めた。
幼い癒芽の話を完全に理解するには少々骨が折れたが、まとめるとこういう事らしい。
心臓病を患っていた癒芽。手術のおかげで、一時は幼稚園にも行けるようになったという。しかし、死亡の数日前から容態が悪化し、再入院をしていたのだ。
「癒芽ね、悠斗(ゆうと)っていう弟がいるんだ。でね、悠斗のお誕生日がもうすぐだったから、お花あげようと思ってたの」
「入院してたんでしょ? どうやって?」
ツキが、キズナの肩から顔を覗かせて尋ねた。
ツキの姿を捉えた癒芽の目が再び輝く。それに気付いたツキは身の危険を感じ、再びキズナの後ろに隠れてしまった。
「病院のお部屋から、この野原が見えてたの。それで……ちょっとだけ抜け出しちゃった」
癒芽が悪戯っぽく舌を出し、えへへと笑った。
「ここでお花摘んでたら、すごい風が癒芽のお花飛ばしたの。癒芽、『発作が起きるから走っちゃダメ』って言われてたのに、追いかけちゃったんだ。それで……死んじゃった」
まるで絵本の最後のページを読み終えたかのように、あっけらかんと話す。
「じゃあ、あなたは弟に花を届けたいの?」
キズナの問いに癒芽が嬉しそうに頷いた。しかし、キズナは悲しそうな表情だ。
「それは難しいわ。あなたには肉体がないもの。届けるどころか、花を摘むことすら出来ない」
キズナの言葉を聞くと、癒芽は俯き、涙声になって呟いた。
「だって癒芽、お祝いできなかった。だから、何かあげたいんだもん」
癒芽が納得しなければ、未練の鎖を切ることはできない。あまり時間をかけていると、癒芽はいずれ悪霊化してしまう。
キズナはしばらく癒芽を見つめていたが、やがて小さくため息をついて言った。
「いいわ。私がなんとか方法を考える。悠斗くんはどこにいるの?」
癒芽の目にはまだ涙が溜まっていたが、嬉しそうにキズナを見上げた。
「悠斗はお家だよ! こっち!」
癒芽はキズナの手を引っ張って野原を駆け出し、街の方へ走っていった。
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