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「死すれば、魂は天か地獄かに逝かなければいけない。でも、あなたはここに留まってる。その理由を教えてほしいの。私が助けてあげる」
優しい声で言い、弘樹に手を差し伸べる。
「う、そだろ? 死んだなんて」
弘樹は膝をおり、その場に崩れ落ちた。
信じられなかった。まさか、自分がこんなにも簡単に死んでしまうなんて。
だが、この現実離れした状況では信じざるを得ない。
今、弘樹はこの世に留まる霊。何かしらの未練に縛られているらしい。ならば、その心残りの正体は?
ふと、弘樹が顔を上げた。
「綾華(あやか)!俺が死んだら、綾華はどうなるんだよ!」
「綾華?」
「俺の妻だ!あいつを置いていくわけにいかない!」
「……そう。その人が、あなたをここに留まらせる原因なのね」
キズナが呟いた時には、弘樹はもう公園の出口に向かって走り出していた。
「待ちなさい。その人の所へ行っても、あなたは何も出来ないのよ」
その言葉に、弘樹が足を止めて振り返る。
「じゃあ、どうすればいいんだよ!? 俺に綾華を見捨てろって言うのか!?」
「私に全てを話して。どうして、そこまで自分の妻にこだわるのかも含めてね」
弘樹はしばらく迷うように目を伏せていたが、やがて静かに口を開く。
「……こだわって当然だろ。綾華は、妊娠してるんだから」
弘樹は小さくため息をつき、目を逸らす。
「俺は、近くの消防署に勤務する消防士だった。予定日が近づいて綾華が入院してからは、仕事場と病院をバイクで往復してたよ。今日も……」
そこまで話したとき、弘樹の顔が悔しそうに歪んだ。
「今日は夜勤明けだったんだ。朝方、仕事を終えて病院へ向かってた。そこで事故が起きたんだ。俺は、トラックに衝突した」
「それで、体から離れた魂がこの公園に辿り着いたのね」
「……この公園は、俺が綾華にプロポーズした場所なんだ」
弘樹は懐かしそうに目を細め、公園内を見渡す。が、次の瞬間にその顔に陰りが見えた。
「もうすぐ俺達の子供が生まれる。頼むから、綾華の所へ行かせてほしい」
キズナは考えを巡らせるかように黙り込む。やがて、ゆっくりと声を発した。
「……いいわ。でも、これだけは忘れないで。死んだ人間が生きている人間のために出来る事なんて1つもないの」
その言葉を受けても、弘樹の意思は変わらない。弘樹は踵を返し、勢い良く走り出した。
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