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「悪霊?」
「そう。この世に留まる霊が生きている人間を殺したら、その時点で悪霊になる。あなたも例外じゃないのよ」
「俺は誰も殺したりしない!」
弘樹は憤慨して叫んだが、キズナは疑り深い目で弘樹を見つめ、再び口を開く。
「今はね。でも時が経つにつれ、陰の気が霊を飲み込む。生者は肉体に守られているけど、霊には肉体がない。むき出しの状態なの」
キズナがそう言いながら、右手に握られている大鎌に目をやる。
「悪霊になれば、私はこの鎌で消滅させなければならない。これまでだって、陰の気に負けた霊をいくつも斬ってきた」
「だって、その鎌は……」
未練の鎖を切るために存在しているのでは? そんな疑問を投げようとしたが、
「私の鎌は、鎖を切るとは限らない。時に、霊自身を斬ることもありうるわ」
キズナの真っ直ぐな目が、弘樹を捉える。
「私が "未練切り" を行うか、"未練斬り"を行うか……それはあなた次第よ」
未練を捨て、天に還るための未練切り。未練に囚われ、消滅させられる未練斬り。
どちらも、未練を断つことに変わりない。その道が成仏か消滅かという違いだけ。
「あなたも消滅したくなければ、はやく天に向かうべきよ」
キズナが落ち着いた声で言う。しかし、弘樹は大きく首を横に振った。
「綾華を置いていけないんだ。俺のせいで、傷ついて……苦しんでる」
涙をこらえ、弱々しい声で呟いた。キズナは、そんな弘樹から目を逸らす。
「そうね、彼女は苦しんでるわ。でも、今のあなたに何が出来る? 彼女に声も届かない、触れることも出来ない、姿を見せることさえも」
キズナの容赦ない言葉が弘樹の心に突き刺さる。しかし、これは紛れも無い事実。言い返すことなど、到底出来なかった。
「言ったはずよ? 生きている人間のために、霊が出来る事なんて何もないの」
キズナから放たれるとどめの一言を受けた弘樹は、何も言わずにふらふらと中庭へ歩き出した。
中庭の中央には大きな木が立ち、その周りを四つのベンチが囲んでいる。綺麗に手入れされた芝生が、風でそよめいていた。
ここは、コンクリート詰めのこの病院にある、唯一の緑あふれる庭園なのだ。
「何も出来ない……か」
弘樹は中央に生えている大木の下に腰掛け、空を見上げた。その木の葉が太陽の光を透かし、キラキラ輝いて見える。
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