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……あれから、1年半という月日が流れた。神隠しという名の "誘拐事件" は大きな謎に包まれたまま、既に人々の記憶から消えつつある。
そして、その被害者達もそれぞれ消えない傷痕を抱えながら、少しずつ日常を取り戻していくーー。
暖かい春の日差しに包まれる早朝。蒼依は真新しい制服を身に纏い、玄関に向かって歩いていた。
「蒼依、もう行くの?入学式は10時からでしょ?」
遥香の不思議そうな声が、蒼依の背中を追いかけた。今現在、時計は7時半過ぎを指している。通学時間を考えると、あまりにも早すぎる出発だ。
「寄りたい所があるんだ。今日は私の出発の日だから、恭達に会ってから行きたい」
蒼依が笑顔を向けると、遥香は何かに気づいたように「あ……」と漏らして小さく微笑んだ。
「そうね。じゃあ、気をつけて行ってらっしゃい。学校に遅れないようにね」
「うん。行ってきます」
そう言って外に出た蒼依を、春の風が優しく迎えてくれた。空は快晴。清々しい空気をいっぱいに吸い込みながら、蒼依は笑顔で歩き出す。
"蒼依、おっはよー!"
毎朝のようにそう言って頭を叩いてきた幼なじみ。彼がいない朝にも、もう随分慣れてしまった。そんなことを思いながら、見慣れた道を進んでゆく。
数十分後……足を止めた蒼依の目の前には、広い敷地に大きな建物。県の行政を司る最大の機関、県庁だ。
立ち並ぶのは、あの日と変わらぬ建物の数々。否が応でも、記憶の中の景色が目の前の県庁と重なる。
県議会議事堂で刈夜と別れ、連絡通路で迅が足止めされた。
第2号館の8階で紗耶香と幸弘が戦い、そのエレベーター前に隼人が残った。
そして、こちらでは存在しないとされているはずの10階。そこで麻季に助けられ……恭を失った。
そこまで思い返し、潤み出した目をそっと袖で拭った。その時、
「おや、久しぶりですね」
横から響いた聞き覚えのある声。その方向を見ると、薄ら笑いを浮かべた折原が立っていた。
蒼依が不快そうに眉を寄せるが、折原は特に気にする様子もなく笑顔のまま問いかけてきた。
「ここに何か用ですか?」
「別に。昔の仲間に会いに来ただけです」
「…… "あの日" から、もう1年半ですか。はやいものですね」
そう言いながら、折原は感慨深げに第2号館を見上げる。
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