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「ちょっと!剣介!シャキッとしなさいよ!」
もう一人の―――菊川矢会(さくらだやえ)は呆れたように腰に手を当てたまま剣介を見下ろした。
「だってよォ、全っぜん妖魔来る気配ねェだろォ.....」
妖魔というのは常世というこの世とは別の次元からある力に吸い寄せられるようにこの世に迷い込んだ物の怪のことである。
剣介や矢会の一家は代々この時在の地におびき寄せられる妖魔の退治に精を出している。
退治をしなければその土地の力は奪われ、人間にも被害が及ぶからである。
彼らの武器は主に彼らの『念』の力により決まる。
例えば、剣介は剣を、矢会は弓矢という具合におのれの武器を自在に操り職務に徹している。
「そんなことばっか言ってるから毎回毎回わたしに獲物横取りされるのそろそろ気づいたら?」
「はァ?!」
「それとも何?それすらも気づけてなかったわけ?バッカみたい!」
「おい、テメーそれ以上言ったら.....」
そこまで言って剣介は口をつぐんだ。
矢会も目を閉じて意識を集中させる。
ざわりざわりと二人を取り囲む空気が緊張していく。
それに反応するように剣介の近くにいた黒蝶と矢会の近くにいた白蝶の羽根もせわしなく動いていた。
((来た―――))
それは既に先程までけなし合っていた雰囲気はかき消され、かわりに異常なまでの空気の緊張を身にまとってると錯覚してしまうまでに二人の目は鋭かった。
「ね、剣介言ったでしょ.....」
「あァ.....だが今はそうは言ってられねェ.....」
剣介はゆっくりと起き上がり深い青色の袴に同色の剣を差し込んで月を見上げた。
「じゃあ、さっさと片付けようか。」
矢会も背中にかけてあった弓を手にした。
紅の袴が夜風になびく。
「なんだか珍しく気が合うじゃねぇか.....」
「今日の獲物は大きいわよ!遠慮無しでかかるよ!」
そういうが早いが、矢会はお社の屋根を蹴り宙へ飛び出す。
一瞬遅れて後を追うように剣介も宙へ駆け出していった。
そのあとに残ったのは二匹の蝶ではなく―――黒い髪に椿の簪をした赤い目の黒衣を身にまとう少女と銀髪の輝く透き通る空色の目をした白い着物の少年だった。
「本当にあの子達仲いいんだか悪いんだかわからないわ、ねェ、白桜?」
「ホントだよ.....、お守り役はほんと疲れるな、婆さんの時よりもつかれるよ、黒桜。」
そんなことを言われていると知らない二人は黙々と職務に徹しているのであった。
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