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強い海風を受けながら、わたしはゆっくりと歩を進めた。
あの時はどんな風が吹いていたのか。
どんな匂いがしていたのか。
かつて面影はない。
「覚えてないなぁ……」
ふと、なだらかな丘の上に立ったところで、白いキャンバスが目にとまった。
足取りが軽く、世界の色が変わる。
「そう――」
と、直也くんは椅子に寄りかかって寝ていた。
温かい下草に足を伸ばして、幸せそうに目を閉じている。
(死んでるみたい)
あまりにも穏やかな顔に微笑む。
「……かわいい♪」
ひとの寝顔は無条件に可愛い。
どんな人でも、寝ている時だけは印象が異なる。
いつもブスッとしているのに、さらさらと髪がなびいていて、彼も子供っぽく見えた。
「よいしょ」
起こさないように、ちょこんと隣に座る。
「いいよね……」
ちょっと辺りを見渡して、ひとがいないのを確認する。
ドキドキ、と本当に恥ずかしかった。
そっと唇を重ねる。
微かに濡れていて、柔らかくて、淡い。
髪をなでると、ムズムズと眉を寄せる。
「あははは。幸せすぎて壊れちゃいそう。 ふぅ……」
たしかに気持ち良いよね。
良い天気。
風が止むことなく、うららかな午後の日差しはやさしい。
「君は、ここでいつも泣いてたの?」
答えはないけてど、多分、そう。
わたし達はきっと、似たもの同士なんだよ。
なんだか眠くなってきた。
彼の側にいるだけで安心する。
そっ、と胸の上に頭をのせて横たわった。
(あったかい……生きてる)
ゆっくりとしたペースで鼓動を感じる。
そっと頬に手を添えて、とても幸せで、涙がでそうになった。
そういえば、何度か昼寝をしていて悪戯された気がする。
「いたずら、って何かHだね……」
一人苦笑いする。
顔をあげて、彼の唇を見つめる。
「わらしって、変な子かな……」
世間一般は知らなかった、頭で考えていることはかなり普通じゃない気がした。
でも、すごくドキドキする……。
顔を上げて、もう一度キスをした。
深く淡くやさしく、柔らかい唇を甘噛みしていると、うっすらと王子様が目を覚ました。
「……」
彼はわたしの髪をなでて、自分から身体を起こしてキスを交わした。
映画のようなときめきに、わたしの胸は、はちきれそうなくらい幸せだった。
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