第3話 別れと出会い

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 「……でも、びっくりしましたよ」  「ごめんって」  手を合わせて微笑むと、彼は大仏様のように固く笑んだ。  キャンバスから離れ、何もない草原を、何の目的のなく、何の気兼ねもなく、何の気はなしに散歩する。  何事もない平和だ。 つまらない。  「でも、君の寝顔ってはじめて見た」  あははは、と笑う。  直也くんは一度咳払いして、  「いや、ちょっと気を許したら……」  「別に誰かに迷惑かけたわけじゃないんだから、そう顔を赤らめずとも……」  「赤いですか?」  まったくの無表情で驚き、彼は頬をなでる。  本当に可笑しい。  確かに、この草原は風が気持ちよくて、気を許したくもなる。  誰に?  神様?  いるの神様?  神様って何食べてるの?  何かすごく美味しそうなモノ食べてる気がする。  ずるい……。  「先輩?」  不思議そうに顔を覗き込んでくる直也くんに、わたしは慌てて頭を振る。  「あっ! ごめんなさい。ちょっと不毛な思考の小道に逸れちゃって」  「は?」  「なんでもない。でも、またラジオ体操で早起きしたの?」  「ええ」  彼は素晴らしく爽やかに微笑む。  信じられない。  そんなことをしたら、鮫が泳ぎを止めるのと同じように、わたしは 死んでしまうだろう。  直也くんと結婚して、夏休みでなくても、朝早く起こされてこう言われたらどうしよう?  『先輩、早朝ランニングって気持ちいいですよ♪」  笑って寝直すか、笑って離婚を考えるかの二択かしら。  私は真剣に彼の肩に手をのせる。  「直也くん。いくら子供が海水浴って駄々をこねても、日曜日は粗大ゴミでもわたしは許すわ」  「……日曜日はゴミを捨てちゃいけない日せすが、なにか、先輩の妄想の中で凄い配役になってる気がします」  「妄想じゃなくて夢よ♪」  わたしが背を向けて微笑むと、彼は独特の間をおいて、ニヤリと唇を歪める。  「……それ、夢ってほど確率の低い未来じゃないと思いますよ」  「うっ!」  頬が熱くなる。  「ばっちり返されてしまったなりよ……」  帽子を深くかぶって、溜息まじりに独り呟く。  でも、胸があたたかい感じで包まれる。  この紙一重の会話が楽しい。  子供の頃から、直也くんの困った顔が好きで、突飛なことばかり考えている。  まだ必勝法は見つかっていないが。    
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