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「わたしが絵を描いてる時に、とても好きな人がいなくなったの。大好きだった人が……」
目を開けると、直也くんがわたしを見つめていた。
深い深い紺碧の瞳。
わたしはその不安げな顔に笑いかけた。
「ずっと話しかけていれば、その人の異変に気づけたかもしれなかった――」
『お母さん、ちょっと疲れたから、横になってもいいかな……』
「それでなくても長くはなかったのだろうけど、あの時、わたしのわがままさえなけてばな――そう、何度も思った」
今でも思っている。
沈黙が怖かった。
誰も返事をしてくれない恐怖。
いじめられるよりも、無視される方が何倍も痛かった。
遠足の班決めで、いつもわたしが一人残る。
先生がどこかの班に入れてやれと言うと、必ず教室は静まった。
そういう時も、わたしはあのひまわり畑の絵を思いだしていた。
クラスメート達の顔が、お母さんを苦しめて生まれたひまわりに見えた。
「だからつい、人の絵を描いたり描かれたりしてると心配になるの」
でも、精一杯、楽しげに笑う。
わたしは笑っているしかなかったのだ。
苦しい。
それでも、お母さんを見殺しにしたわたしが、この世でしなければならないっことは、泣くことよりも、誰よりも笑っていることだった。
「馬鹿にみたいだよね……わたし」
小さな笑い声がした。
遥か遠く、世界の果てで生まれた海風は、丘の隙間をぬって小さな音を立てる。
それは、女の子の歌声のようにも聞こえる。
セイレーンが笑っているのかも知れない。
気が付くと、直也くんが立ち上がっていた。
わたしと同じように音のする方向に顔を向け、じっとそちらを睨み付けている。
彼の耳には、はっきりと歌声が聞こえているのかも知れない。
「大丈夫……わたしは平気……ずっとこうしてきたんだから」
わたしは、その言葉で思考を止めた。
「……大丈夫」
直也くんが、とても小さく呟く。
独り言だったのかも知れない。
彼はこちらを見て、強い意志の籠る眼差しでわたしに言った。
「僕は死にません。絶対に。それと――」
「あなたも殺させない」
「……」
あ。
はは。
「あははは……な、なに言ってるの君は?」
彼は無言でわたしを見ている。
その時――、
強い強い風が吹いた――。
「っ、帽子……!」
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