第3話 別れと出会い

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 追おうとしたが、腕を掴まれた。  直也くんが、わたしの左手を押さえている。  「帽子が――!」  お母さんの帽子を追おうとするのに、彼はどうしても手を離してくれない。  お母さんの帽子。  その目は帽子のことなんか考えてはいない。  ざわっ、と背筋が震えた。  「直也くん!」  「先輩、いつまで縛られているつもりですか?」  「……」  小さく息を飲む。  「……お母さんは、あなたに自分が死んだ責任をとり、身代わりになれとでも言ったんですか? そんな人だったんですか?」  力無く彼の手が離れたが、わたしはそこから動けなかった。  「……違う」  お母さんがそんなこと言うはずがない。  「笑っていろって――」  ひまわりみたいに笑っていろ――そう言われた気がする。  直也くんは顔色を変えない。  「泣きたいもの我慢して笑っていろと? どの顔が言ったんです?」  「それは……死ぬ前に……」  言っていただろうか?」  この前に思いだした夢。  あの、ちょっと思いだすには恥ずかしい日の、泡沫の夢で。  直也くんの言葉の前に、夢が崩れる。  言っていなかった。  そんなことは一度も。  では、どこでそんな言葉を聞いたのだろう。  お母さんが言ったこと、一体、どこで記憶したのだ自分は?  「……違うでしょう」  「でも、確かに死ぬ前に……」  「死んだ後は?」  え?  「死んだ後はどうです?」  そのありえない不思議な発言が、ピースを間違えて完成しなかったパズルを、1枚の絵に仕上げる。  そうか。  わたしも、直也くんが考えた結論に達した。  笑顔は消える。  「あの絵だ……」  冬虫夏草を思わせる、わたしが母親の顔を見ることのできる唯一の絵画。  死んでなお、あの笑顔が、どこかだわたしに語りかけたのだ。  笑っていろと。  わたしは痛みを覚えて腕を見た。  そこは強く握られた跡がついていて、まるで血を流しているように思えた。    「……先輩も、道夫先生の絵が好きなんですね」  ゆっくりと2人で帽子を探しながら、直也くんは静かに語る。  「毛嫌いして、あんなに怒って、名前すら呼ばない……。それなのに彼を独りにはせず、料理も洗濯もしていて、村の人間の中傷にも我慢している」  わたしの心の棚を整理するように、あるべきモノが、あるべき場所へと組み替えられていく。  
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