第3話 別れと出会い

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 あの顔は、誰にも教えない。  「あははは。だって君、いつも意地悪な絵を描くからだよ」  「イジワルなんてした覚えないですよ……」  「あ、そうなんだ。わたしてっきり、君に騙されてるんじゃないかって思ってたよ」  意外に風景画下手だったからねぇ、と付け足して、クスクスと笑った。  彼は肩をすくめて、視線をはずす。  まだ、その不自然さに少年っぽさが見て取れる。  こそばゆい。  わたしは笑っていた。  「……ありがとう」  彼はこちらを一瞥して、別に、と口だけうがかして見せた。    「あれ?」  周囲と比べて少し高い丘から、辺りを見渡していた直也くんが呟きを漏らす。  「え、帽子あった?」  「……いや」  草を踏み分けて戻ってくると、彼は言いづらそうに口を閉じている。  「違います……」  「どうしたの?」  「花が――」  彼は一度言葉を切り、  「ひまわりが咲いてるんです」  「……」  「帽子はありませんでしたから」  「見たいな……」  「え?」  膝に手をついて息をついでいた直也くんが、わたしを見上げる。  「連れてって」  彼は何も言わず、顎の汗を拭って歩き出した。  周囲から一段くぼんだ狭い谷に、本当に、小さなひまわり畑ができていた。  「……驚いたな」  直也くんが、自分とほとんど同じ背丈の花に並ぶ。  わたしはその花を睨み上げた。    ひまわり。  一番大好きで、一番大嫌いな花。  一番大きな花ではない。  一番大きな花は花火だ。  一番短命な花でもある。  一番死から遠い花でもある。  思考の最後の一筋が、ひまわりと花火のどちらを指しているのかは自分でも分からなかった。  感覚が鋭角的になっていることが自覚できた。  直也くんが隠しもっている銀色のナイフよりは、鋭角的で洗練されている。  人目を気にしない怒りとか悲しみとか、8年間封じてきた自分が、ひまわりを前にして全てを取り戻した気がした。  直也くんと恋仲になった日の時とは、全く逆端の満足感を得ている。  今、自分は最も恋愛から遠い表情をしているだろう。  誰も心に寄せ付けないが、半径2メートル以内に異性を惹きつけるのには、最も適した顔のはずだ。  「さっき、殺させない……そう言ったね」  背後に声をかける。  無意識的に、男っぽい喋りになっていた。  「はい」  
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