第3話 別れと出会い

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 2メートルよりは遠くで彼の声がした。  声の調子からは感情がよみとれない。  「誰に? あの、いつかの少年?」  「やっぱり見てたんですね」  彼は否定しない。  軽く振り返ると、直也くんは腕組みをして無表情に立っていた。  「彼……誰かに腕と足を折られて、1ケ月の入院だって」  「夏休みだってのにお気の毒様。よほど性質の悪い猫に噛まれたんでしょうね」  「今度バラの花束でも持っていって上げたら?」  「中に拳銃でも仕込んで? あまりゾッとしない趣味だなぁ」  バラの花束が、拳銃のことか……。  わたしは視線をひまわりに戻した。  ひまわりの花は、風にぎしぎぢしと揺れている。  頭の比重が重すぎるのだ。  人間と同じだ。  感情のパーセンテージがとてもバランスの悪い進化を遂げている。  「それじゃあ、わたしを殺すのは、君?」  限りなく無感情に言ったつもりだったが、目の端に涙がうっすらと留まった。  わたしが、自分の心音を7つ数えるまで、彼は沈黙していた。  即答できるのだろうが、あえて、それをせずに心の準備をさせてるくらい、彼はやさしくて、残酷な気がした。  「……はじめは、そのつもりでした」  は。  一度、心臓が止まった。  ゆっくりと深呼吸して、笑みを堪える。  自分を殺そうとしていた人間を愛しているなんて、  「それは……ええ、とてもロマンチックね……」  「ええ」  彼からすれば、殺そうと思った相手に惚れてしまったのだ。  「わたしの眠る絵を描こうとしたのね?」  「ええ」  「どうして止めたの?」  「エッセンスが足りなかったから」  「バラの香り?」  「愛情ですよ」  わたしはゆっくりと振り返り、  彼に向かって手を伸ばし、  そして目を閉じた。  心臓か唇か。  それは、本当に、命を賭けた勝負だった。  トン――と胸に、予想外に小さな痛みが走る。  柔らかい風が唇をなでた。  目から涙が溢れて、頬を伝う。  その頬に、温かい涙よりも、温かい口づけをもらった。  目を開くと、本当に心から笑っている直也くんが間近にいた。  「……ありがとう」  「どういたしまして」  すぐに元の表情に戻って、彼は慇懃に礼をする。  その真面目くさった顔が可笑しくて、口元を押さえて泣き崩れた。  「うっ……うう……あははは、バカみたい……」  
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