第3話 別れと出会い

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 「大バカです……なに本気にしてるんですか」  わたしは泣いた。  本当に、今までにないくらい涙が溢れてきた。  子供みたいに、声を大にして泣きじゃくった。  思考が支離滅裂で、何かを叫んでいた気がするけれど、よく覚えていない。  カマトトを広辞苑でひいた時よりもおろかだった。  直也くんはわたしの頭を胸によせた。  泣きやむまで。  そう言われた気がしたけれど、もしかしたらわたしの幻想だったかも知れない。  でも、夏の生んだ幻想は、いつまでも続く涙のように、儚くて、きれいだった。  嗚咽に喉が痛くなった頃、ようやく涙が止まりだした。  涙でぼやけた視界で、直也くんがわたしの手を、恭しくとった。  手の甲に口づけされる。  「……道夫先生からあなたを守ります」  手のひらを返される。  わたしは幼子のように――お姫さまのように、なすかままにされていた。  「……僕は、あなたよりも先に死ぬことはありません」  そして彼は、手のひらにも口づけをした。  「平均寿命は女性のほうが長いからね」  日記の綴り、間違ってましたよ」  お互いに、まだまだ若かった。    楽しい時間は一瞬で、夏の夕暮れは思いのほか早く訪れた。  「すっかり遅くなっちゃたね」  「……まぁ、でも絵はほとんど完成しましたから」  荷物の多い自転車を転がしながら、直也くんはあいかわらずの無表情で語る。  わたしは彼の腕に寄り添って、空を眺めていた。  でっかいお月様。  「……明日、新しい帽子買いにいきましょう」  「ほんと?」  くるりと回って、直也くんの前に立つ。  「……嘘ついてどうするんです」  「そうね……うふふふ」  帽子をなくしたのも、いいかも知れない。  「麦わら帽子、麦わら帽子!」  「は? しっかりしたヤツの方がいいんじゃないですか?」  「やだ。それでズボン買って、Tシャツ着るの。髪切ってさよなら女の子。こんにちは夏休み」  「……似合わないですよ」  きこきこ、とあっさり彼はわたしの横を素通りする。  (いい度胸だ……)  くすくす、と笑って追いかける。  彼はわたしを見て、すぐに視線を逸らした。  「つきましたよ」  「うん……」  もう、ついちゃったね。  彼は路地に目をやっている。  「明かりがついてる……先生がいるんだ」  横顔がどこか険しい。  
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