第3話 別れと出会い

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 その頬にそっと触れる。  「ん? 大丈夫ですよ」  手をとって、そのままわたしを引き寄せると、彼は背中を叩く。  「……寝るまで一緒にいてあげましょうか?」  「いいよ。ほら行きなよ。夜遊びばっかしてると、妹さんが心配するぞっ」  彼はピン、と音をたてるくらい顔をしかめる。  他の人にはわからないだろうが、直也くんにしては異例の動揺である。  彼は頬をかいて、  「ええ、そうします」  わたしは手を振って彼を見送った。  途中、一度だけ振り返ろうとしたが、直也くんはそのまま消えていった。  それがプライドなのだろう。  とてもきれい。  所在なくなった手で服をはたいて、わたしは家路についた。  窓の外から美術講を覗くと、あの男がキャンバスを前に椅子に座っていた。  なにをするでもなく、室内なのにサングラスをかけて、じっと絵をみつめている。  それは直也くんが描いた、わたしの絵を模写したものだった。  特に感想らしいものは浮かばす、そのまま自室に帰ろうと思ったが、わたしは扉を開けた。  後ろ手に戸を閉める。  クーラーの冷気が、身震いするほど寒い。  「おかえり」  「うん……ただいま」  ものすごく懐かしかった。  いつから、ただいまって言わなくなったんだろう?  なるべく道夫を無視して、わたしはコーヒーメーカーに歩み寄る。  遅かったな。  どこ行ってたんだ。  ――そんな言葉を期待してるの?  わたしは自分のマグカップを手にとって、ふと、道夫のカップも並べた。  そこで、手を止める。  「……砂糖とミルク、いるんだっけ?」  「ああ」  小さな返答。  そうか。  わたしも直也くんも、基本的にはブラックだから、砂糖とミルクは道夫が用意しているんだ。  そんな単純なことにも気付かなかった。  どういう心境の変化だろう。  自分でも、よく分からない。  背中に視線が当たっている。  多分、道夫も同じことを考えているのだろう。  コーヒーができあがり、2つのカップを、違う色の液体が満たす。  少しだけ口をつけてみたかった。  「はい……」  「ありがとう」  驚くほど痩せた手が、カップを受けとった。  指が長い。  筆を挟む部分が、固くなっているのが分かる。  「ちゃんと……ご飯食べてる?」  優雅に足を組んで、道夫はカップを口につけてから首をふる。  
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