第3話 別れと出会い

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 「……!?」  突然の話題に足が止まる。  大きく踏み出した足が、ドン――と音を立てた。  ぎりぎりの間合いの外。  それがまずかった。  身長差で間合いは変わる。  道夫の足が、前にですぎた僕の足を刈る。  体勢が崩れるのを察知して、身体が無意識に、ナイフで自分を傷つけないように肩から地面に落ちた。  「――っ!」  すぐに立ち上がろうとするが、ナイフのせいで一挙動遅れた。  右手に肘を踏まれる。  痛みに手の力がゆるんだところで、指を思い切り蹴られた。  ナイフを諦め、そのまま転がって、反動で起きあがる。  「はぁはぁ……」  追撃を恐れて、そのまま後ろに下がった。  指が痺れていて、思うように動かない。  「人を殺す、という行為を勘違いしてるんじゃないか?」  道夫がナイフを拾い上げ呟く。  「誰かを守るとか、誰かをうらんでいるとか、かっこいいからとか、そんな理由では人を簡単に殺すことはできない。本当の殺意は、何気ない日常――たとえば学校の屋上で友人が下を覗き込んでいたり、仲の良い夫を見送る妻が、その靴紐を結ぶ背中を見て覚えるものだ」  「……それが、みく先輩か?」  呼吸を整えて、しっかりと立ち上がる。  足が震えているのを自覚する。  道夫には何も変化がなく、確かに、それが怖かった。 「たとえば君の妹が襲われて、子供を身ごもってしまった。君は憤るだろうが犯人はわからない。そうこうしているうちに子供が産まれてしまった時に、君はその子に殺意を持つか否か」  「……答える義理はない」  「もちろん義務もない。ただ、頭の片隅で考えていて欲しい」  道夫はナイフを手に、奥の木戸に歩み寄る。  持つか否か。  答えは持つだろう。  だからなんだと言うのだ。  「脅迫か……」  「お願いだよ」  僕に背を向けて、道夫は木戸の鍵を開けた。  「私は多分、子供が産まれる前に母胎を殺すだろうから……」  道夫が戸を開けようとする。  その背は酷く無防備だ。  (さて……)  入り口には僕のほうが近い。  指には感覚が戻ってきていた。  支障はない。  それだけ確認して、ポケットから、少年から奪い取った本物のナイフを取り出す。  道夫が戸を開く。  その音に紛れて、僕は静かに動いた。  初めて耳にする道夫の作業場は、とても光量が強く、彼の姿がシルエットにしか見えなくなった。
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