伝言

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 額と頬が、知らず切り裂かれているのではと、恐る恐る指で触れる。  考えていた温かさが残っていた。  気持ちが悪い。  吐き気がする。  「直也くん……」  目を閉じて、耳をふさぎ、その名を呼ぶ。  けれど、直也くんは現れない。  彼は一度でも約束を破ったことはない。  では、どうして姿を見せないのか。  時間に遅れる直也くん。  今日訪れるはずだったわらしの部屋。  道夫の手の血の匂い。  最悪の可能性に行き当たる。  わたしを守ると約束したではないか。  涙が出そうになったが、鼻をすすっただけで起きあがった。  ここで泣いてはいけない。  大丈夫。  彼を信じているなら、自分もがんばらなくては。  よろよろと地面に立って、わたしは母屋の方角を諦め、薄暗い林の奥へと走り出した。    闇雲に木々をかきわけ、意外と早く見つけた、光に照らされる茂みを抜ける。  「駅ッ!」  思わず声を上げてしまう。  まさか家の裏手が、ここに繋がっているとは思わなかった。  「なんて便利で不用心なの……」  と、世間の注目を浴びていることに気付く。  「……あ、どもども」  頭を下げて、とりあえず駅舎の壁に寄りかかる。  膝が崩れそうだった。  服を見ると、蝶々の巣や落ち葉だらけで、本当に惨めだった。  溜息をついて、汚れを払い落す。  「直也くん……」  呼べば呼ぶほど、悲しくなる。  ぺたん、その場にへたり込むと、目の端に涙が浮かんだ。  「だめだめ! 弱気にならない!」  頬を叩いて涙を止める。  落ち着きなさい自分。  まず、何が出来るのかを考えるのが先だ。  今までもそうして来たのだ。  まず警察が頭に浮かんだが、道夫の殺意を証明するような証拠もなければ、逆に、家に連絡されてしまう可能性がある。  次に、この村を離れることも考えるが、あいにく財布を部屋に忘れている。  しかも、直也くんから離れることは考慮できない。  「どこか……安全な場所に隠れる……」  常識的な解答に辿り着く。  直也くんの家?  どうしよう……妹さんがいるはずなのに、巻き込んでしまって――、  「そうだ……直也くん、家にいるのかも知れない!」  すぐ近くに公衆電話がある。  もしかしたら、風邪で動けないだけかも知れない。  その電話を受けて、道夫もわたしを探していたのかも……。  
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