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彼女の笑みは崩れない。
「ひまわりと言えば、有名なのがゴッホの絵。もちろんあなたも知っているわね」
訥々と女性は語る。
暗に、わたしに絵の予備知識があることも示している。
何がしたいのだ――。
彼女は、何をわたしに言いたいのだ?
「ゴッホの有名なエピソードに、彼が自分の耳をそぎ落としたという話があります」
「えぇ……自画像にも耳がまりません」
「そう。それは、ゴーギャンという、もう1人の絵描きとの同棲生活において起こった――」
ひまわりをなでながら、彼女は続ける。
「生前はそれほど有名でもなかった2人は、お互いの絵の才能を認め合い、さらに高めようと、一緒に暮らすことにした」
はじめは上手くいっていた生活にも、徐々に亀裂が生じる……」
わたしは、耳を塞ぎたかった。
そぎ落とすチャンスがあれば、そうしただろう。
だが、女性は無慈悲に言葉を紡ぐ。
「そう、2つの才能は互いに絵にも影響をおよぼし、その才能ゆえに――」
彼女は言葉を止め、勢い良く葉をむしる。
「……はじけた」
女性の手を放れた葉が、風に流れて、どこまでも遠くへ飛んでいった。
……わたしはそれを見つけて、振り返る。
女性はすでに歩き始めていた。
「あなたは、誰?」
それでも同じ質問する。
やさしさだけは、表情の隠せない部分に浮き出るから。
彼女は立ち止まり、振り返る。
「花の精……とでも言いたいのですけれど、ただのお節介ですね」
どこか、自虐的な笑みだと思った。
ちょっと意味深な。
「それは、わたしと直也くんのこと? それともお父さん?」
「それは自分の目で確かめて……ただ、わたしは少し後悔しかけているの……だからあなた達には期待しているわ」
「え?」
女性は、今度こそ気持ちのいい笑顔を浮かべる。
「ひまわりを見せたい子がいたんだけれど……、彼等の精一杯に生きている姿を見たら、気がそがれたかな……」
背中越しに手を振って、女性は鼻歌を歌いながら去っていった。
なぜか、野球の応援歌だったが……。
わたしは、彼女の視線の先を見る。
ひまわりは、悔しいほどきれいだった。
日が落ちた。
沈む夕日はとてもきれいだったけれど、それは夜の訪れを告げる悲しい知らせでもあった。
ひまわりを背に体育座りをして、溜息をつく。
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