伝言

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 一瞬の判断で、背中から少年にぶつかる。  後頭部が何かにぶつかった後、うめき声と一緒に何かが閃き、前方に突き飛ばされた。  転がって、そのまま地面から少年を見上げると、彼は顔を押さえて呻いていた。  髪を下ろしていて、平凡な真面目な学生にしか見えない。  予想外の相手の小ささに、逆に恐ろしいものがあった。  まだ、理性というものの有り難みをしらない、そんな年齢だ……。  小さく息をついて、立ち上がろうとする。  ――ピチャ  「え?」  驚くことに、地面に水たまりができていた。  (あ、雨?)  慌てて振り仰ぐが、空には雲に半分隠れた、半月が浮いているだけだった。  漠然とした予想で、少年の包丁を目にする。  ……血が、ついていた。  彼が鼻血をだしたのかもとも思ったが、じわじわと腿に熱がこもりだした。  (う、そっ……)  信じられなかった。  手でふれると、街灯に照らされた手が、べったりと赤く濡れていた。  思ったよりも……黒い……。  「テメェ……」  「うっ!」  傷は浅い。  そう思って立ち上がった。  とにかく、痛みが酷くならないうちに走っておきたかった。  「だ、誰か……ッ!」  呼ぼうとするのに、声がでない。  舌がからからで、どうしても叫べなかった。  足がもつれて転んだ。  「はぁ、はぁ、はぁはぁ……」  痛い。  痛い。  痛くて転んだのではないのに、足がズキズキと、もう一つ心臓が出来たみたいに脈を打っていた。  「痛い……いたい、だれか……」  咳き込んで顔を上げると、絶望的なまでに、全く前に進んでいなかった。  「そん、な……」  少年との距離は、10歩もないだろう。  ――お父さんッ!  全力で叫んだつもりなのに、人魚のように、声が出ない。  「バカが……」  黒いシルエットが顔を上げて、唾を吐く。  あっさりと、彼はわたしの前に立った。  「あーあ……こんなところに血は残したくなかったんだけどなぁ」  「っ!」  足が痛くて、はいずるようにしか、後ろに下がれない。  なんだ自分がこんな目にあうのか――そう考える自分に無性に腹がたった。  まだ、やれるはずだ。  わたしは、青葉道夫の娘で、三上直也の恋人なのだから!  「……へへへ。傷の手当てをしてやるよ」  少年はわたしの足元にしゃがみ込む。  手が、破けたスカートに伸びた。
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