第3話 別れと出会い

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『あそこの店、本当に当たりがあんのか?』  わたしは2個目のアメを開きながら、  『ねぇ、ほんっとに、このアメなに?』  『あ? 意味なんてないよ。ただ、甘い物を食べると心が落ち着くだろ――そう婆ちゃんが言ってたぞ』  柵をはさんで、道に座り込んだ男の子が虫取り網で地面に絵を描いていた。  ふと、先ほど渡された紙の方を広げる。  『あっ、これって……』  ないげなく、ただ村の商店街の日常を描いた水彩画だった。  風鈴の音とか、日陰で丸くなる猫とか、乾きかけている打ち水とか――そんな何気ない日常が描かれている。  すごく落ち着く絵。  ありのままを、ありのままに描いてる、とても素直な絵だった。  タイトルも“さびれた商店街”とかいう、そのまんまな題だったはず。  確か、校内美術コンクールで見た。  『金賞の人。三上直也くん?』  『あぁ、もしかしてお前が青葉みくか。もっと大人しいヤツかと思った』  男の子は否定しない。  それならばやはり、彼はわたしよりも一学年下のはずだ。  生意気……。  『ここで絵の勉強を教えてくれるって聞いたんだけど、今日はいそがしそうだな』  彼は立ち上がり、麦わら帽子を正してズボンをはたいた。  『……忘れ物だけ返しておく』  ひょい、と本当にどこかから出てきたのか、お母さんの帽子が塀を飛び越えてきて、わたしの頭にかぶさった。  『あ』  『大切なモンだろうが、今度はなくすなよ』  笑顔一つ見せることなく、彼はきびすを返した。  『……ちょっと待って!』  柵越しに追いかける。  パラパラ――とお葬式の白黒の鯨幕みたいに、景色が流れる。  『……どうした?』  ひまわりの前の隙間のところで、彼は立ち止まっていた。  待っていてくれた。  嬉しかった。  本当に短い距離だったのに、息が乱れていて、胸がドキドキしている。  『絵のことはお父さんにわたしから言っておくね。あと……わたしが怖くないの?』  意を決して聞いた。  ここで頷かれたら怖いけど、なぜか酷く簡単に聞けてしまった。  実は、多分この子が、もうこれ以上ないってくらい無愛想だからなんて、酷いこと思っていた。  『? お前が怖いって……良くわからないけど、帽子が似合うなお前』  全然関係ないこと言って、射るような視線で彼はわたしを見つめた。  『ふぇ?』  ぶかぶかの帽子。
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