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それから数分後、彼は稚内駅に停まっていた快速列車の座席に座っていた。座席は四割近く埋まっていたが、彼が座っていたボックスシートの前後には人が居なかった。
彼が大きな荷物を持っていたので敬遠していたのだろう。彼が窓の外を眺めていると、誰かが彼が座っている座席に近付いてきた。
「あの~、ここの席、空いていますか?」
声に気付いて顔を上げたとき、彼は思わず赤面した。声を掛けてきたのは、彼と同い年ぐらいの女性だった。彼はある意味驚いて、鼻血を噴きそうになったが、それはなんとか食い止めた。
「あ、空いてますよ。どうぞ。」
緊張しているのがばれないように、平常心を装って言った。
「ありがとうございます。失礼します。」
彼女は今の若者には珍しいくらい、言葉使いが丁寧だった。言葉使いだけではない。細かい仕草一つ一つが丁寧だった。その細い体で持てるのか、と思ったぐらい荷物が多い点は気になった。
『お待たせを致しました。13時42分発、快速旭川行き、まもなく発車致します。ドアが閉まります。ご注意ください。』
アナウンスの後、ドアが閉まり、汽動車が特有の音を立てて出発した。この時、誰が思っただろうか。これが、日本を縦断する彼らの恋の旅路の始まりになろうとは――
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