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こんな状況下で『待てっ!』と言われて待つ阿呆は居ない。
恥じらいもなく私は裾を勢いよく捲り上げ、あられもない格好のまま全力疾走する。
下駄だと多少走りにくいが、『火事場のなんとやら……』とはよく言ったもので、自分でも信じられないくらいスピードが出た。
とにかく、この狭い路地みたいなところから抜け出さなければ……っ!と角を曲がった、その時――――。
突如、人の気配がした。
「……諦めて大人しくするのは、貴方の方ですよ」
そんな声と共に、ザッと音がする。
私に背を向け庇うようにして、その人は男との間に立った。
「……誰やねん。お前は。……そいつのツレか?」
私を襲っていた男はどこか警戒しているような声で尋ね返す。
「……さぁ?少なくとも女人を襲うような輩じゃないことだけは確かですけど」
「言うてくれるやんけ。……ほな、これで勝負つけよか?」
「…………後悔しませんか?」
「何で後悔せんとあかんねん。おまえこそ後悔せんときや」
ひひっ……と、薄気味悪い声を出しながら男は、こちらに近付きつつあるようだ。
暗闇の中、私には全く見えないが、この二人には今お互いがどんな状況なのか見えているような会話を交わす。
私を庇うように立っていた人が、私から距離を取ったように感じがした。
その瞬間――――。
「…………?!…………ぐぇぇぇぇェっっッッッ…………!!」
聞いたことも無い、断末魔の叫びのような声が、静寂だった闇の中、切り裂くように鳴り響いた。
そして。
――――ドサっ!!
何かが倒れた音がする。
一瞬だった。
暗闇の中、何が起こったのか、さっぱり分からない。
足が動かないまま呆然とその場に立ち尽くしていると、ゆっくりと、こちらにへと近付いてくる気配がした。
(……え……どっちなん?追い掛けて来た男?それとも……)
そんなことを考えていたら、頭上から「……大丈夫ですか。お怪我はありませんでしたか?」と、襲ってきた男とは話し方も明らかに違う優し気で労わるような声が聞こえてきた。
どうやら、私は助かったようだ――――。
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