第一章 「ごめん」と言われても困ります……

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――――月が出てきた。 下弦の月に近い形だ。 山の端に見えるということは、今はもう真夜中を回って、所謂(いわゆる)、丑三つ時と言われる時間なのだろう。 闇しか無かった空間に少しばかりだが明かりが出てくる。 視線を彷徨(さまよ)わしていると、向こうに男がうつ伏せで倒れていた。 私を襲おうとしていた男に違いない。 男はピクリとも動かない。 嫌な予感が脳裏を過った。 ……まさかとは思うが――――。 (……既に息を引き取ってる……?……え、でも、まさか、そんな訳……) そうは思ってはみるものの、さぁぁっと全身から血の気が引いた。 実際に確かめる勇気は無いものの、先程の二人のやり取りや男の叫び声や雰囲気から何かを感じ取る。 恐る恐る私は近くに居る人の顔を見上げた。 助けてくれたと思われる人の横顔が……月の光に照らされる。 思わず目を見開いた。 0fecacd9-9757-45ec-91cf-7afd7ff8dfd6 ……蒼。 …………蒼だ――――。 …………蒼が、居る――――。 そこには、数時間前に私に別れを告げた蒼が顔色一つ変えないで立っていた。 涙が頬をつたう。 次から次へと、自分の意志とは関係なく涙が溢れ出る。 まるでダムが決壊したかのように溢れ出て止まりそうも無い。 そんなことはお構い無しに、私は思わず蒼にしがみついた。 蒼は先斗町(ぽんとちょう)で別れた後、私の後を追いかけてきたのだろうか。 一体どうやって、あの男を倒したのだろう? ……腰に刀のようなものが見えるのは、私の気のせい、だろうか……? (……まさか、私は蒼に人殺しをさせてしまった……?) 明らかに向こうが煽っていたとは言え、これは正当防衛になるんだろうか……。 色んなことが頭の中を駆け巡り、考えが(まと)まらない。 それでも、何とか必死に声を絞り出した。 「……そ……蒼っ!……蒼っ!……あ、あり、……ありがとう……。け、けど、……ご……、ごめん……なさ……い……」 泣いてしまっているのもあって、上手く言葉が出せない。 私は必死だった。 ここで、この手を離したら、二度と蒼には会えなくなってしまう。 そんな気がして――――。 私は目の前の蒼に、ただただ力の限りしがみついた。 蒼は少し躊躇(ためら)いながらも私を抱き止め、「……『ごめん』って言われても、困るんですけど……」と、何処(どこ)かで聞いたことのある台詞を独り言のように呟く。 「……それでも……。ほんま、ごめん……ごめん……な……さい……。あ……あと、……ありが……と……う……」 「……――――」 蒼の返事を聞くことなく。 そこまで言ったところで、今までの緊張から解放された安心感からか、私は意識を手放した――――。
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