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――――月が出てきた。
下弦の月に近い形だ。
山の端に見えるということは、今はもう真夜中を回って、所謂、丑三つ時と言われる時間なのだろう。
闇しか無かった空間に少しばかりだが明かりが出てくる。
視線を彷徨わしていると、向こうに男がうつ伏せで倒れていた。
私を襲おうとしていた男に違いない。
男はピクリとも動かない。
嫌な予感が脳裏を過った。
……まさかとは思うが――――。
(……既に息を引き取ってる……?……え、でも、まさか、そんな訳……)
そうは思ってはみるものの、さぁぁっと全身から血の気が引いた。
実際に確かめる勇気は無いものの、先程の二人のやり取りや男の叫び声や雰囲気から何かを感じ取る。
恐る恐る私は近くに居る人の顔を見上げた。
助けてくれたと思われる人の横顔が……月の光に照らされる。
思わず目を見開いた。
……蒼。
…………蒼だ――――。
…………蒼が、居る――――。
そこには、数時間前に私に別れを告げた蒼が顔色一つ変えないで立っていた。
涙が頬をつたう。
次から次へと、自分の意志とは関係なく涙が溢れ出る。
まるでダムが決壊したかのように溢れ出て止まりそうも無い。
そんなことはお構い無しに、私は思わず蒼にしがみついた。
蒼は先斗町で別れた後、私の後を追いかけてきたのだろうか。
一体どうやって、あの男を倒したのだろう?
……腰に刀のようなものが見えるのは、私の気のせい、だろうか……?
(……まさか、私は蒼に人殺しをさせてしまった……?)
明らかに向こうが煽っていたとは言え、これは正当防衛になるんだろうか……。
色んなことが頭の中を駆け巡り、考えが纏まらない。
それでも、何とか必死に声を絞り出した。
「……そ……蒼っ!……蒼っ!……あ、あり、……ありがとう……。け、けど、……ご……、ごめん……なさ……い……」
泣いてしまっているのもあって、上手く言葉が出せない。
私は必死だった。
ここで、この手を離したら、二度と蒼には会えなくなってしまう。
そんな気がして――――。
私は目の前の蒼に、ただただ力の限りしがみついた。
蒼は少し躊躇いながらも私を抱き止め、「……『ごめん』って言われても、困るんですけど……」と、何処かで聞いたことのある台詞を独り言のように呟く。
「……それでも……。ほんま、ごめん……ごめん……な……さい……。あ……あと、……ありが……と……う……」
「……――――」
蒼の返事を聞くことなく。
そこまで言ったところで、今までの緊張から解放された安心感からか、私は意識を手放した――――。
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