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近藤さんは私を元気付けるように明るく微笑んで言った。
「…………そ……それが…………」
「……まさかとは思うが、それも記憶に無い……と……?」
近藤さんの声が少しばかり、強張ったのが分かった。
「…………す、……すいません……」
頭を下げる。
顔が上げられない。
もうこうなったら、ひたすら謝るしかない。
本当のことを言っても信じてもらえる訳がないし、下手な嘘を言って墓穴を掘るわけにもいかないからだ。
出身地一つをとってみても――――。
頭に一つの歴史用語が浮かぶ。
『廃藩置県』
明治維新で維新政府が行った功績の一つだ。
今が幕末ということは、当然、廃藩置県以前だ。
時代が違うのだから出身地名も違ってくる筈だ。
基本的なことだが……藩名が分からない……。
例え分かったとしても、もし、此処にその藩の出身者が居たら?
ボロが出るのは、火を見るよりも明らかだ。
不審人物になろうが、私は記憶喪失になる方が良いのだ……。
「…………」
流石の近藤さんも返す言葉が無いらしい。
当然だ。
目の前に『記憶喪失』になってしまったという人物が居るのだから……。
再び、沈黙が訪れた。
静寂を破ったのは、沖田さん、だった。
「……彼女が覚えていない、というのであれば、それが事実なのでしょう。あれだけの高熱だったんですから、致し方の無いことなのかもしれません。それに『月』と言う名前は、覚えているじゃないですか。大丈夫ですよ」
顔を上げて沖田さんを見ると、沖田さんは私に頷いて微笑みかけるように、にっこりと笑った。
……うっ…………。
そんな蒼ソックリの笑顔を向けられると、胸が痛い……。
「……まぁ、それにしても、だ」
再び、近藤さんが口を開く。
「記憶に関しては、総司の言う通りかもしれんな。……ただ、お月殿。……これから、貴女はどうするつもりかな?記憶が戻れば、元の場所に帰ることも出来るだろうが……」
近藤さんは、とても言いにくそうに言った。
「…………」
……そうなのだ。
私は、これから、どうすれば良いのだろう……。
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