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近藤さんは続ける。
「私達が、もう少し京に詳しければ、何処か働き口でも紹介することもできるだろうが……。申し訳無いが、私達も約一月程前に上京したばかりでね。 京の町に詳しくないのだよ……」
と。
心から本当に申し訳無い、という気持ちが近藤さんの顔に表れている。
「そんなっ!近藤さんが謝りはられることなんて、何一つ無いやないですかっ!」
慌てて、顔の前で掌を振った。
こちらこそ、そんなに親身になってもらって本当に申し訳無い……。
――――ただ。
(これから本当にどないしたらええんやろ……)と途方に暮れて俯いてしまう。
当然のことだが、この時代の京都に知り合いなんて居るわけがない……。
「……そんなの此処に居てもらえば良いじゃないですか」
と、頭上から沖田さんの声が聞こえてきた。
思わず、顔を上げた。
目を見開いて、沖田さんを見る。
目の前の近藤さんも、沖田さんの発言に驚いているようだ。
「……そうは言っても、総司。今の私達は『御預り』の立場で……」
そんな近藤さんの言葉を、沖田さんは遮った。
「先生。彼女の言葉を聞いていて思ったんです。……何処の出身か分からないとのことでしたけど、言葉が此方の言葉じゃないですか。摂津・河内・大和等の畿内……。もしかしたら、山城……もっと近い範囲で京の中かもしれません。少なくとも、江戸の言葉じゃありませんよね」
「……そうかもしれんがな、総司」
「……先生は、何も覚えていない彼女を、治安が決して良いとは言えない、今の京の町に放り出せるんですか?……しかも、病み上がりですよ?」
「…………」
近藤さんにとって、とても痛いところを突かれたらしい。
眉間に皺を寄せ目を瞑り、胸の前で腕組みをしたまま黙ってしまった。
暫くして、近藤さんが思案の末に口を開いた。
「記憶が戻る迄、お月殿に此処に居てもらうのが良いとしても……トシとサンナン君には相談せねばなるまい……。……違うか?総司」
そう言って、沖田さんを見る。
沖田さんは少しばかり複雑そうな顔を一瞬したが、
「……分かりました」
と言った。
近藤さんは「そうと決まれば皆に話さなければな」と言って素早く立ち上がり、持ってきた竹刀を片手に急ぎ足で部屋を出て行く。
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