第三章 「……ここは何処?私は……月です……」

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前髪だけはポンパドールにしているのだが、他の部分は今までアップにしていたこともあって、変な癖がつき、あちらこちらにとはねまくっているのである。 要するに、髪の毛各々が自己主張して、爆発しているような状態なのだ。 せめて身嗜みを整えようと思った筈なのに、絶句させてしまうとは……。 「……どうしたんですか?……その髪……」 沖田さんは手で口を押さえ、目線をすっと私から()らした。 肩が小刻みに揺れているせいで、笑いを(コラ)えて話しているのが分かる。 気を遣って目線を外してくれたのかもしれないが笑っているのは、バレバレだ。 (めっちゃ恥ずかしいやんか……。そんなんやったら大声で笑ってくれた方がよっぽどええわ……) (ムシ)ろ、その方がいっそ気分も清々しい。 そんなお笑い芸人みたいなことを考えながら返事をした。 「そ……それが……」 「もしかして……結えないんですか?」 「…………」 ご明察。図星だ。 なんて勘が鋭い。 「簡単なもので良いのですよ?此処(ココ)に髪結いさんが居る訳じゃありませんし」 とは言ってくれるのだが。 どう結ったら良いのか分からない。 「……そんなとこまで、記憶が無くなっちゃったんですねぇ……」 と、沖田さんは半ば呆れ気味、半ば感心したように言った。 「す……すいません……」 「お月さんが謝ることではありませんよ。――私ので申し訳無いですけれど、取り敢えず、これを使って後ろで一つにまとめて下さい」 と言って、(タモト)から藍色の紐を渡してくれた。 私がその紐で沖田さんを真似てポニーテールのように結うと、彼の笑いもどうにかおさまったようだ。 そして、 「――――お月さん。もし浴衣のまま、皆さんに会うのに抵抗があるなら、僕の羽織をお貸しますが、どうされますか?」 と訊ねられた。 本音を言えば、私はどちらでも構わなかったのだが、浴衣は昔、湯上がり時に着るものだったことを思い出す。 目上の人に会う際に浴衣を着用しているのは、この時代、もしかしたら失礼に当たるのかもしれない。 浴衣を着用していることに変わりはないが、羽織で隠す方が幾分かマシかもしれない、と思う。 私は、素直に借りることにした。 沖田さんは直ぐに羽織を取ってきてくれ、それを羽織ってみたのだが……。
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