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……その代わり。
蒼を責めるのではなく、私の口から出てきた言葉。
それは――――。
「……『ごめん』って言われても……困る……」
一方的に、告げられた別れ。
蒼を責めるのではなく、私が困る、と【 I(私)】の文に置き換えた。
私の……、今出来る唯一の抵抗だったのだと思う。
「……ごめん……」
深く深く頭を下げ、俯いて涙を流しながら蒼は私に再びそう言った。
(『困る』て言うてんのに、やっぱり『……ごめん……』なんや……)
そう思うと、何だか空しくなり、乾いた笑いが漏れそうになった。
店内を見渡した私は、ふと壁に掛かってある時計を見る。
終電の時間が近付いてきていた……。
私は蒼にもう一度だけ「……『ごめん』って言われても、困るんやけど……」と言った。
――――けど。
「……」
今度は沈黙。
私は目を閉じ、深く深く。
一度深呼吸をすると「……帰ろっか」と、蒼に告げた。
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夏休みで、しかも、週末も重なったせいか、鴨川沿いの先斗町はとても混みあっていた。
蒼は「遅いし途中まで送る」と言ったが、私はとにかく一人になりたかったので断った。
蒼はすごく微妙な顔をしている。
……微妙な顔をしたいのは私の方だ。
何を好き好んで、さっき別れを告げられた相手と一緒に帰らなくちゃならないのだ。
「……大丈夫やから……。こんなに人も居るんやし、心配なんてせんといて。四条大橋渡ったら駅、すぐやん」
気を少しでも抜いたら今にも泣き出しそうになるのを私は必死にひた隠す。
そして、微笑んで蒼の顔を見上げた。
蒼は折り曲げた人差し指を唇につけ少し何かを考えていたようだったが、「……分かった。……じゃ、気を付けて帰れよ……」と言って、私とは反対方向へと歩いて行った。
人混みの中、四条大橋に向かってぶらぶらと歩く。
皆、終電を気にしているのだろうか。
大阪方面の人は、行き先によっては終電もちらほら出てきてる筈だ。
同じ方向に向かっている人は、どこかせわしない。
スマホの時計を見ると、もう少し終電まで時間がある。
人込みから離れるべく鴨川まで降りて、少し頭でも冷やそうか、と考えた。
しかし、『鴨川名物』のカップルが川沿いに等間隔に並んでいるのを見るのかと思うと、蒼とのことを思い出して、却って気持ちが昂りそうだった。
「……あかん、わ……。あんなとこに行ったら涙が止まらへんようになってしまいそうやん……。私――――」
雑踏の中、一人、呟いた。
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