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朝八時前後になるとバスや自転車に乗って、或いは徒歩で大勢の生徒が門を潜る。そんな生徒の群れを時に抜き、時には抜かれつつ挨拶程度の会話を交わしながら進む眼。短くしたスカートから覗く素足が、朝の冷気に包まれて少し刺さるような痛みを伴う。
薄桃色の春を先取りしたような色のカーディガンに身を包み、寒さに背を向けるように急ぎ足で学校に向かった。
下り坂を経た先にある高校は、よく言えば歴史があり、悪く言えば老朽化が進んでいた。校舎の壁は所々塗装が剥げ、玄関から廊下、教室に至るまでの全てに年季を感じさせる。それでも汚いと言われればそれとも違う。ただ古いだけなのだ。
初めて生徒用玄関を見たときはその古さに眼も驚きを隠せなかったが、慣れというものは恐ろしいもので今では特に新鮮味を感じることもない。
特に何かを考えるまでもなくいつものように中履きに履き替る眼の背中を、誰かが叩いた。
眼の背が高いのもあるが、肩を叩いた相手が小さいのもある。小学校高学年と言っても通用する程度の身長しかない。故に、腕を伸ばして背伸びしてようやく手が届いている。羽織っているカーディガンも袖が余っており、指先すら見えない。
その相貌も背丈に負けず劣らず小学生並みであり、制服がなかったら迷い込んできたようにしか思えないだろう。
眼はそんなクラスメイト――一部男子から猛烈な人気を擁されているを細い目で見ていた。愛玩動物を愛でるような目で。
「はよーオガちゃん」
「おはようマナちゃん」
そんな彼女――小河原南に、眼は挨拶し、そして。
「むぎゅ!?」
唐突に南の頭に手を置いて、がしがし撫で始めた。南も最初こそ驚いたようにくりくりした眼を白黒させていたものの、すぐに身を委ね、されるがままの状態になった。
ふわふわした茶髪を右に左に、文字通り思いのままに撫で回す。
「マナちゃん、一限目始まっちゃうよ~」
たっぷり一、二分は弄ばれていただろうか、その言葉で南はようやく解放された。どことなく名残惜しそうな顔で手を離した眼だったが、肩にかけていた鞄を持ち直して教室へと向かう。
その道すがら、眼は南に聞いた。
「今日の一限、何だっけ?」
乱された髪をいそいそと直しながら、南はさも当たり前のように答える。
「魔法学だよ~」
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