紙芝居

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 しかし、男にとって賞など興味がないことであった。ただ、やってくる人達に自分の紙芝居を見てもらう。たったそれだけで、充分なのだ。男にとって、紙芝居は生きる原動力であった。  男が公園にて紙芝居をする度に人々の数は増えた。普通、不特定多数の人々が集まれば、何かしらの問題は発生するはずだ。どさくさに、紛れ小さな商売を初め、それがいずれ、大々的に・・・などと、心配する近隣の住民がいてもおかしくない。ところが、不思議なことに男の紙芝居を見に、どんなに人が集まっても問題が発生するということはなかった。むしろ、男の紙芝居が始まると辺りは静まりかえり静寂だけが、その場を包んだ。また、紙芝居が終わったあとも、その余韻に人々は酔いしれ、少しも騒ごうとはしなかった。心が穏やかになり、かえって治安が良くなった気さえもした。  こんな話がある。非番の警察官が男の紙芝居を見に来て、いつもながらの素晴らしい芝居に感激していた。そんな中、警察官の背中を叩く者がいた。振り返ってみると、そこには両手を差し出している連続窃盗犯の男がいた。手配書で男の顔を覚えていた警察官は、その場で男を捕まえた。男は抵抗する様子も見せず、黙って手錠で繋がれ警察署へと送れた。今まで、散々、警察の手を煩わせ、逃げ続けた窃盗犯の男。何故、彼が急に警察に名乗り出てきたのか。取り調べの中で意外なことを言った。 「元々、盗みを働くつもりで、町までやってきた。紙芝居をやっている間は誰もがそちらに気をとられるから悠々と盗めると思っのだが、いざ、紙芝居が始まると、俺も盗むのをそっちのけで、紙芝居に魅入ってしまった。そして、紙芝居を見ている内に自分が今までやってきたことが、急に恥ずかしくなってきた。これが、罪悪感というのだろう。俺はこれから、先、ずっと、この罪悪感に悩まされ続けると思うと、もう苦しくて、苦しくて仕方がないんだ。警察に自首しようと思ったら、丁度、人混みの中で交番に立っている警察官を見かけたので自主をした次第なのです」
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